「あれから1年」を前に、大メディアには報じられない情報を:相場英雄の時事日想(2/2 ページ)
今年の3月11日、多くのメディアは「あれから1年」の特集を組むだろう。しかし大半のメディアは“紋切り型”の報道になるはず。そこで大メディアには報じられない、とあるジャーナリストの著書を紹介しよう。
対象はあくまでも生身の人
著書の中で、高成田氏はこんなことを記している。朝日新聞やその他の媒体に寄稿するにあたり、どのようなスタイルでルポを綴るかという基点についてだ。
『私のルポは、新聞記者が狙いをもって取材するのとは違って、自分のそれまでの人脈をたどりながら、書くスタイルにしたいと思ってきた。取材相手がそれまでの知らなかった客体というよりも、以前からの友人や知人にしぼりたいと思っていた。書きたいというテーマに狙いを定めていく記事は、見方がはっきりして、ニュース性に富んでいると思うが、いかにもそういう人を選んできた、という印象を与えることが多い。』
著書を読み終えての率直な感想は、ただただ頭が下がる思い、のひと言だった。著者が石巻で過ごしたという要素を割り引いても、本の中で綴られている記述の1つひとつ、被災した人々の痛みや苦しみ、あるいは被災地にわずかにさし込んだ希望の灯が、読み手にひしひしと伝わってくるのだ。
著者が執筆に当たって貫いた信条が、他の多くの震災報道とは違った視点を持っていたことの証左だろう。
ルポに登場する人物の大多数は、読者の知らない人たちばかりだ。だが、著者が心がけた信条を通じて紡(つむ)がれた言葉は、先に筆者が感じたように多くの読者にダイレクトに伝わるはずだ。生身の人たちの言葉が、そのまま伝えられているからに他ならない。被災地の人々の痛みを共有する当事者としての視点が一切ぶれていないことが、本書の一番の特色かもしれない。
最後に、著者が海辺で取材中に聞き、「思わずメモを取った」とされる被災地の人々の言葉を引用する。
『いるいる、小さな魚がいる。ほら、これはボラ、これはサケの稚魚だ。人間だけだよ、津波で右往左往したり、会議ばかりしているのは』
『そうだねぇ、人間の力はちっちゃいの。自然には逆らえないんだね』
本書は震災に関する第一級の記録であると同時に、もう1つ重要な意味合いを持つ。本の印税は、著者の高成田氏が主宰する東日本大震災こども未来基金に寄附され、震災で親を亡くした子供たちの生活を支えていく。多くの定型化した記事や映像に接する前に、ぜひ読んでいただきたい。
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