善人でさえ救われる。悪人ならなおさらだ――『歎異抄』から企業理念を考える:MBA僧侶が説く仏教と経営(3/3 ページ)
「善人なほもって往生をとぐ、いはんや悪人をや」という『歎異抄』に示された親鸞の言葉。これをもとに経営の土台をなす「企業理念」について考える。
経営における自他一如の境涯
親鸞の言葉には、その組織が普遍的に追い求める「使命(ミッション)」と、行動原理となる「理念(バリュー)」に対する、深い示唆が込められているように思います。
環境分析など戦略立案に必要な手法は知っていて、マーケットや、よその会社が置かれた状況に関してはロジカルに鮮やかな分析をしてみせるのに、いざ自社のこととなると必ずしも歩みが定まっていなかったりするのはなぜか。新たな市場を創造するイノベーションになかなかたどりつけないのはなぜか。ここに、「自分」と「世界」を切り離して思考してしまっていることの弊害があるように私は感じるのです。別な言い方をするのであれば、恐らく「知恵」は十分でも、「智慧」が育っていないのです。
智慧とは、ものごとのありのままを見通す力のことです。その力を養うには、何よりも自分という人間を知ることから始まります。智慧が開けてくれば、人の根本的な「苦しみ=ニーズ」に対する理解が深まります。解決すべきニーズ(痛みや悲しみ)も分かりますし、あおるべきでないニーズ(射幸心など)も見分けられるようになります。
さらに智慧が開けてくれば、社会の中で自分がすべき仕事、すなわち「使命(ミッション)」も自ずと分かってきます。自分の好きなことや得意なことに引っ張られすぎることなく、世界と自分の位置関係を感じながら内から湧き出るミッションに従って自然に行動できるようになります。
満たすべきニーズと見上げるべきミッションが定まれば、顧客の創造も容易です。これが、経営において、自分と世界がぴったりと重なる“自他一如”の境涯と言えるでしょう。
自分と世界を1つのものととらえ、森羅万象を理解しようとするアプローチは非常に東洋的なものでもあります。つまり、米国や欧州など西洋の企業と差異化していく源泉ともなるかもしれません。
その出発点としても、「本当のところ、私は何ひとつ分かっていない」という、親鸞の「愚者の智慧」が今ほど必要な時代はないのではないでしょうか。
松本紹圭(まつもと・しょうけい)
1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派光明寺僧侶。蓮花寺佛教研究所研究員。米日財団リーダーシッププログラムDelegate。東京大学文学部哲学科卒業。超宗派仏教徒のWebサイト「彼岸寺」を設立し、お寺の音楽会「誰そ彼」や、お寺カフェ「神谷町オープンテラス」を運営。2010年、南インドのIndian School of BusinessでMBA取得。現在は東京光明寺に活動の拠点を置く。2012年、若手住職向けにお寺の経営を指南する「未来の住職塾」を開講。著書に『おぼうさん、はじめました。』(ダイヤモンド社)、『「こころの静寂」を手に入れる37の方法』(すばる舎)、『東大卒僧侶の「お坊さん革命」』(講談社プラスアルファ新書)、『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカヴァー21社)、『脱「臆病」入門』(すばる舎)など。
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