ダライ・ラマ14世の言葉から考える“企業の存在目的”:MBA僧侶が説く仏教と経営(2/2 ページ)
東大卒業後、インドでMBAを取得した僧侶・松本紹圭氏。連載では経営用語を仏教用語に置き換えながら“借り物でない日本的経営”を思索していますが、今回はダライ・ラマ14世の言葉を糸口に「企業の存在目的」について考えます。
誰の心にも菩提心がある
仏教の視点からすれば、人が人生で求めるべきはただ1つ、「菩提=悟り」です。それは、あらかじめお膳立てされたプロダクトやサービスとして、手っ取り早くお金で買って消費できるようなvaluableな価値ではありません。道元禅師が「仏道を習ふというは、自己を習ふなり、自己を習ふというは自己を忘るるなり、自己を忘るるというは、万法に証せられる」と言ったように、悟りとは経験であり、究極のinvaluableな価値です。
悟りというと大げさに聞こえるかもしれませんが、大いなる気付きを得ることは、人がいつでも心の底で求めているものではないでしょうか。神話学者のジョーゼフ・キャンベルが言うところの、「人は生きているというエクスペリエンスを求めている」のです。仕事においても、人は「良い給料をもらう」とか「出世して社会的評価を得る」などという報酬や成果のためだけに働くわけではありません。むしろ、「生きがい」「やりがい」といったinvaluableな経験を求めて働く人のほうが多いはずです。
実は、企業が生み出す価値について、この「悟りエクスペリエンス」を軸に考えるならば、その最も大きな恩恵を受け取ることができるのはその組織で働く人です。いかなる企業であれ、その人の全身全霊を投じて「生きているというエクスペリエンス」を得ることができる立場にあるのは、顧客や株主ではなく経営者や社員です。
そう考えると、昨今の経営戦略論で「ストーリー」が注目されていることも納得できます。経営者が夢やビジョンを語り、1人1人の社員が「生きているというエクスペリエンス」を全開にしてともにストーリーを作り上げていく。アップル、グーグル、ホンダなど、ストーリーのある企業が生み出すプロダクトやサービスを手にする時、私たちにはユーザー・エクスペリエンスだけでなく、その会社の経営者や社員の「悟りエクスペリエンス」もおすそ分けしてもらっているのではないでしょうか。プロダクトやサービスを購入する顧客にも、心の底には菩提心、悟りを求める心があるのです。
最近では、株主への経済的な利益還元に過度に傾倒したいわゆる米国的な経営への反省などから、企業利益の追求ではなく、社会問題の解決を第一義に掲げ活動する「社会起業家」も増えていますが、「悟りエクスペリエンスの創造」はこうした社会起業的な価値創造とも親和性が高いでしょう。日本的経営という文脈においては、近江商人から受け継がれる「三方よし」に帰着したとも言えるかもしれません。
実に、仏教的な世界観は「衆生の利益(りやく)」を志す社会起業家にとっても、大きな価値観の基盤となり得る可能性を秘めているのです。
松本紹圭(まつもと・しょうけい)
1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派光明寺僧侶。蓮花寺佛教研究所研究員。米日財団リーダーシッププログラムDelegate。東京大学文学部哲学科卒業。超宗派仏教徒のWebサイト「彼岸寺」を設立し、お寺の音楽会「誰そ彼」や、お寺カフェ「神谷町オープンテラス」を運営。2010年、南インドのIndian School of BusinessでMBA取得。現在は東京光明寺に活動の拠点を置く。2012年、若手住職向けにお寺の経営を指南する「未来の住職塾」を開講。著書に『おぼうさん、はじめました。』(ダイヤモンド社)、『「こころの静寂」を手に入れる37の方法』(すばる舎)、『東大卒僧侶の「お坊さん革命」』(講談社プラスアルファ新書)、『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカヴァー21社)、『脱「臆病」入門』(すばる舎)など。
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