なぜ大田区は京急電鉄への怒りをおさめたのか:杉山淳一の時事日想(3/3 ページ)
東京都大田区は7月末に「京急電鉄が10月に実施するダイヤ改正を受け止める」という内容の区長コメントを公表した。大田区は京急電鉄が2年前に実施したダイヤ改正に立腹していたが、今後は京急電鉄と協調する意向のようだ。さて、両者に何があったのか。
享受するメリットを履き違えた大田区
一般の自動車が渋滞にハマっても、多少は自業自得という部分もある。渋滞を避けるためにクルマ以外の交通手段を使えばいいし、もっと迂回したっていい。しかし私はこの付近で、渋滞にハマる消防車、救急車、警察車両を何度も見かけた。これは見ていて切なかった。
蒲田付近のエリアを管轄する消防署も警察署も、京急蒲田第5踏切のそばにある。こうしたクルマが動けなくなる。素人考えかもしれないが、大田区では踏切渋滞のせいで、ボヤで済むはずの家が全焼したり、凶悪犯を捕り逃したり、本来助かるはずの命が間に合わない、なんてことがあっただろう。
大田区が京急蒲田付近の立体化ですべきことは、渋滞解消で区民の安全性が高まることを評価し、東京都主管の消防や警察と連携して、防災、防犯体制の整備強化を図ることだった。いや、それもちゃんとやっていると思いたいが、京急電鉄へのイチャモンが前に出てしまった。これは失策である。道路のための立体交差だというのに、なぜ大田区は鉄道に対して怒っていたか。ピント外れも甚だしい。
しかし、それから約2年半、大田区がやりきれない怒りを鎮めるきっかけを京急電鉄が用意してくれた。今年10月に京急電鉄は再度のダイヤ改正を実施する予定と発表したからだ(参照リンク)。京急蒲田駅を通過する列車は残る。しかし、同じ数だけ京急蒲田停車の空港行き快特を増やし、普通列車も1時間あたり3本増やすという。
大田区にとっては、通過列車が残るという意味でメンツがつぶれたままだが、蒲田停車列車の空港行き快特もあるし、普通列車も増えるから、大田区のメリットは大きいと考えたようだ。
そこで7月31日、大田区長はコメントを出した(参照リンク)。その内容は「品川・羽田空港間に京急蒲田駅停車の快特が復活することを歓迎する」「普通列車の増便で大田区の利便性が高まると受け止める」「蒲田通過列車については必要最小限の本数で存続することを受け止める」「引き続き、大田区は京浜急行電鉄と協力して地域発展のための取り組みを進める」というものだ。
大田区のコメントは「列車を増やしてくれたことだし、京急さんの事情も分かりますよ……」という大人の態度に見える。しかし京急電鉄は当初から独自の考えを貫いただけで、次のダイヤ改正もその方針は変わらないだろう。京急蒲田駅通過列車も減らすとは書いていない。
そういうことなら、大田区長のコメント発表はこのタイミングで良かったのだろうか。京急電鉄は新ダイヤの詳細をまだ発表していない。内々に打診があったならいいけれど、フタを開けたらびっくり……という結果になるかもしれない。そんな意味でも、京急電鉄の10月のダイヤ改正詳細が楽しみである。
関連記事
- 大人たちよ「子どもに旅をさせよう」――何かを手にするはずだ
最近、鉄道にかぎらず「旅をする少年」を見かけなくなった。イマドキの子どもたちは勉強が忙しいので、旅をする時間がないのだろうか。もしそうであっても、ぜひ旅に出てほしい。なぜなら……。 - 中国高速鉄道で、また事故が起きるかもしれない
2011年7月23日、中国浙江省温州市で起きた高速鉄道の転覆事故から1年が経過した。中国政府は市民の批判を恐れて報道を規制しているという。しかし、本当に恐れるべきは批判ではなく、事故の再発だ。 - 鉄道ファンは悩ましい存在……鉄道会社がそう感じるワケ
SL、ブルートレイン、鉄道オタク現象など、いくつかの成長期を経て鉄道趣味は安定期に入った。しかしコミックやアニメと違い、鉄道ファンは鉄道会社にとって悩ましい存在だ。その理由は……。 - 「青春18きっぷ」が存続している理由
鉄道ファンでなくても「青春18きっぷ」を利用したことがある人は多いはず。今年で30周年を迎えるこのきっぷ、なぜここまで存続したのだろうか。その理由に迫った。 - なぜ新幹線は飛行機に“勝てた”のか
鉄道の未来は厳しい。人口減で需要が減少するなか、格安航空会社が台頭してきた。かつて経験したことがない競争に対し、鉄道会社はどのような手を打つべきなのか。鉄道事情に詳しい、共同通信の大塚記者と時事日想で連載をしている杉山氏が語り合った。 - JR東日本は三陸から“名誉ある撤退”を
被災地では、いまだがれきが山積みのままだ。現在、がれきをトラックで運び出しているが、何台のトラックが必要になってくるのだろうか。効率を考えれば、鉄道の出番となるのだが……。 - 向谷実氏が考える鉄道と音楽(前編)――発車メロディ3つのオキテ
「カシオペア」のキーボーディストにして、リアルな鉄道ゲームソフトの開発者でもある向谷実氏が、ここ数年作曲家として取り組んでいるのが駅の「発車メロディ」だ。「ただベルがメロディに変わっただけではない」という向谷氏が考える“あるべき発車メロディ”の姿とは?
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.