“信じたい心”と“懐疑の精神”――生き残りに有利な戦略とは(2/2 ページ)
これまで私たちは「人を信じること」が生き残りに有利であったことから、基本的に「人を信じたい」という強い欲求を持っています。しかし、多くの数の人々とつながるようになった今、適度な「懐疑の精神」を意識的に養うことが、生き残りにますます必要になっています。
「人を信じること」は止められない
ただ、農耕が始まった1万年前以降、私たちの社会の構成員数は数千、数万、数十万、数百万、数千万人と増加し続けてきました。
これだけの数となると、もはや、お互いの顔も名前も性格も分からない人がほとんどです。しかも、ITネットワーク社会の今、そうした知らない人々の言動や噂が情報として日々、山ほど入ってきます。その中には、当然ながら相手をだます、陥れることを目的とした情報も多数含まれていることは言うまでもありません(しかも匿名性が高いため、万が一ばれても当人が罰せられる可能性は低く、なかなか淘汰されない)。
ですから、人の言葉や噂などをむやみに信じることは、逆に自分の状況を危うくしてしまう可能性が高くなっていると言えるでしょう。
ところが、私たちは数百万年かけて学習し、本能と言えるほど体に染み付いてしまった「人を信じること」を止めることはなかなかできないようです。
結果的に、身近なところで言えば、「振り込め詐欺」のような事件がいつまでたっても沈静化することがありません。また、昨今の中国での反日デモなどについても、あおりたがるマスコミ報道を安易に信じてしまい、感情的になっている人も多いです。
お互いを信じ合えることは、実に幸せなことではあります。しかし、同時に、「本当に信じていいのだろうか」「何か裏はないのだろうか」「ほかの視点から見たらどうだろうか」などと、頭の片隅でちょっとだけ疑ってみることが求められています。すなわち、健全な「懐疑の精神」を意識的に身に付ける必要があるのです。
ただ、疑いの心を持つことは、私たちの社会においては基本的にタブーです。したがって、積極的に疑う習慣を付けることに対して抵抗感があります。
欧米では「クリティカル・シンキング」と呼ばれる思考法が重視されているのはご存知かと思います。これは、情報を丸呑みするのではなく、「客観的」「批判的(「否定的」ではない点に注意!)」「論理的」に情報を解釈することによって、「(健全な)疑いの精神」を養うトレーニングがある程度できているということです。しかし、日本ではまだまだの状況ですね。
世界中の人々がインターネットで結ばれ、多種多様な人々の玉石混交の情報であふれる今、「懐疑の精神」を養う必要性は、ますます高まっているのではないでしょうか?(松尾順)
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