そして「交通弱者」は救われたのか:杉山淳一の時事日想(4/4 ページ)
ローカル線問題になれば「交通弱者」という言葉が出てくる。この言葉のお陰で「交通政策は弱者救済のため」と勘違いされ、その結果、「自分には関係ない」と無関心になる人が増える。交通政策はあらゆる人のためにあるというのに。
「誰もが快適に移動できる社会」を作ろう
「交通弱者」という言葉は、施政者に対して一定の効果があった。しかし、同時に、公共交通に対する無関心層を増やしてしまった。現在、地方ローカル線の沿線では、ほとんどの世帯がクルマを自由に使える立場にある。社会の中心に立つ人ならほぼ100%だろう。
こうした人たちは「交通弱者問題」について「自分とは関係ない」と考えている。理由は先にあげたように、誰だって「弱者と呼ばれたくない」からである。都市にLRT(次世代型路面電車システム:低床式車両などを活用することによって、快適性などで優れている)を導入しようと公聴会を開く時、「交通弱者対策」という言葉を使うと白けてしまう。「あなただって歳を取れば交通弱者になるんですよ」などと言おうものなら、かえって相手の神経を逆なでする。当たり前だ。誰だって歳はとる。老人になる。そんなことは分かっている。他人に言われたくない。そんな感情を引き出してしまったら議論にならない。
だから、公共交通手段を考える時に「交通弱者」「交通弱者対策」という言葉を使うのはやめよう。公共交通が目指すべきは「誰もが快適に移動できる社会の実現」であり、「地域を幸福にする手段」である。「弱者対策」という言葉は思考を停止させる。公共交通をより良くするためのアイデアや予算も生み出せない。「弱者対策」は、マイナス志向をゼロにはできるけど、プラス思考にならない。
「生存権」や「財産権」と同じように、誰もが「移動権」「交通権」を行使できる世の中にしよう。それを考えるところから、公共交通問題を再考すべきである。鉄道かバスか、それ以外かの選択は、その次の話だ。私の好きな鉄道が選ばれなくても、それが地域にとって最良の選択なら、そこに趣味人の出る幕はない。
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