刺激すべきニーズを見つけよ――“仏教的マーケティング”のススメ:MBA僧侶が説く仏教と経営(2/2 ページ)
東大卒業後、インドでMBAを取得した僧侶・松本紹圭氏。連載では経営用語を仏教用語に置き換えながら“借り物でない日本的経営”を思索していますが、今回は「人がどう生きたいか」と正面から向き合う「仏教的マーケティング」の提案です。
菩提心に火をつけ、消費者をさわやかに誘導する「仏教的マーケティング」とは
仏教の視点から3つ、上記を乗り越える「仏教的マーケティング」について提案したいと思います。
1.「刺激すべきニーズ」と「刺激すべきでないニーズ」を峻別する
企業の側は「我々は主人である消費者のニーズに従っているに過ぎない」と言うでしょう。責任は消費者の側にあるというわけです。しかし、実際にはさまざまなマーケティング・ツールを使い、企業の側が「満たしたいニーズ」を刺激し、消費者を誘導している。
しかし、いくら法律の範囲内とはいっても、刺激することによって消費者の人生が良くない方向へ導かれるようなニーズを刺激するべきではありません。例えば、親切心を刺激することと、射幸心を刺激することは、その人の人生に与える影響が大きく違います。
「刺激すべきニーズ」と「刺激すべきでないニーズ」を峻別するとき、人間の心に起こるさまざまな煩悩に関する知見を蓄積してきた仏教は、大きく役立つことでしょう。欲望・怒り・迷いではなく、心の成長を求める菩提心に火をつけたいものです。
2.「あなたをこちらへ導きたい」という方向性をはっきりと示す
ビジネススクールの講義に心理学が入り込んできていることから明らかなように、現代のマーケティングはもはや「顧客のニーズを満たすこと」などというシンプルなものではありません。企業は明確に意図を持ちながら、それを知られることなく消費者を企業の望む方向へ導こうとしのぎを削っています。しかし、そのようにコソコソと人間の意識・無意識に影響を与えようとすることは、カルト宗教のマインドコントロールと何の違いがあるのでしょうか。
ここはさわやかに、「私たちはみなさんをこちらへ導きたいと思っています」という方向性をはっきり示すのが良いでしょう。導く方向が間違っていないのなら、堂々とやればいいのです。方向性が明らかになることで消費者がソッポを向くようなビジネスなのであれば、それはやはり人類にとって筋の悪いビジネスであるということです。潔く業態転換しましょう。仏教の場合は「私たちはみなさんを悟りへと導きたい」と明確に方向性を示しています(現代の日本仏教界がその実力を備えているかどうかは別問題ですが)。
3.ビジョン・ブランドを企業と顧客がともに創る
ニーズとはつまるところ、「その人がどう生きたいか」に尽きるのではないでしょうか。そして、これからのマーケティングを考える際に大切なのは、それを「今この瞬間あれが欲しい、これがしたい」という表層的なレベルで処理するのではなく、「その人が心の底からどう生きたいと願っているか」という根本的なレベルでニーズを見ていくことです。
これまでは企業は「消費」という視点から、どちらかといえば刹那的・表面的なニーズを刺激して満たすことに注力してきました。カフェインと砂糖の刺激、ギャンブルの興奮、ゴシップが呼ぶ好奇心。これらのすべてを否定するつもりはありませんが、その種のビジネスに携わる企業の側が消費者の本当のニーズ、「その人が心の底からどう生きたいかと願っているか」について考えているかといえば、疑問です。この場合の「消費」というのは、見た目には顧客が商品を消費しているように見えますが、その実は、企業が人間を消費しているという方が実態に即しています。
長い集団催眠期間を経て、やっと最近は日本でも少しずつ、押し付けられた「消費者」の地位を捨てて、自律的な意思決定・生き方を選択する人が増えているように感じます。そのような人たちの新たなニーズに対しては、「とらえる」「満たす」「刺激する」というような陳腐な動詞ではなく、企業の側もどっしりと腰をすえて「私たちは心の底からどう生きたいと願っているか」という根本的な問いに向き合い、自分なりの方向性を示していくことが必要になるでしょう。
そして、その方向性に賛同する人・ひかれる人が「モノ言う顧客」として、長期的な信頼関係のもと、積極的にマーケティング活動に参画していく。これは、ビジョンとブランドを企業と顧客がともに創る作業とも言えます。
このレベルのマーケティングは、「人間は経済活動において自己利益のみに従って行動する完全に合理的な存在である」という種類の薄っぺらな人間観では到底なしえません。これからの企業のマーケティング戦略作り、そろそろ仏教の出番でしょうか?
松本紹圭(まつもと・しょうけい)
1979年北海道生まれ。浄土真宗本願寺派光明寺僧侶。蓮花寺佛教研究所研究員。米日財団リーダーシッププログラムDelegate。東京大学文学部哲学科卒業。超宗派仏教徒のWebサイト「彼岸寺」を設立し、お寺の音楽会「誰そ彼」や、お寺カフェ「神谷町オープンテラス」を運営。2010年、南インドのIndian School of BusinessでMBA取得。現在は東京光明寺に活動の拠点を置く。2012年、若手住職向けにお寺の経営を指南する「未来の住職塾」を開講。著書に『おぼうさん、はじめました。』(ダイヤモンド社)、『「こころの静寂」を手に入れる37の方法』(すばる舎)、『東大卒僧侶の「お坊さん革命」』(講談社プラスアルファ新書)、『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカヴァー21社)、『脱「臆病」入門』(すばる舎)など。
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