『鉄腕アトム』の最大の功績は何か――50周年のテレビアニメを振り返る:アニメビジネスの今(5/5 ページ)
2013年はテレビアニメ『鉄腕アトム』が放映開始してから、ちょうど50周年にあたる年。日本のテレビアニメの基礎を築いた『鉄腕アトム』の意味を改めて考えてみたい。
手塚治虫のフロンティア精神
同時期にテレビアニメ制作を考えていた人もいただろうが、そこにどれほどのリスクが潜んでいるのか皆目見当もつかない。従って採算の目途がまるで立たない。そういった状況では企業が参入できないのは当然である。
手塚がテレビアニメ『鉄腕アトム』制作を決断できたのは、マンガ家として日本一の人気を誇り、長者番付漫画部門の常連という資力の裏付けがあったからだろう。恐らく手塚がいなければ日本のテレビアニメのスタートは相当遅れていたはずである。後追いに比べて、最初に挑戦する者のリスクはとてつもなく大きい。失敗していれば間違いなく“蛮勇”と言われたであろう手塚のフロンティア精神はもっと称賛されてしかるべきではないだろうか。
「紙芝居アニメ」と言われた『鉄腕アトム』だが、子どもたちの熱狂的な支持によって平均視聴率は27.4%、最高視聴率は40.3%に達する大ヒット番組となり、一種の社会現象にまでなった。キャラクター玩具や食品は飛ぶように売れ、莫大な商品化権収入を得ることになった。
古くは1920年代に一世を風靡した米国生まれのキャラクター「フェリックス」に始まり、その後ディズニーによって確立された商品化権収入というビジネスモデルだが、日本では戦前に大ヒットした『のらくろ』が嚆矢となり『鉄腕アトム』によって完成した。4年間で5億円という驚異的なロイヤルティ売上があり、制作費の不足(ただし制作費は途中で実費近くまで引き上げられた)を補ってあまりあるものがあった。
さらに、驚くべきことにこの日本流のリミテッドアニメが米国に売れたのである。買い手は米国三大ネットワークのNBC(実際のオンエアはシンジュケーション)で、価格は1本1万ドル。当時の為替相場は1ドル=360円なので、現在の価値にすると1本1500万円という破格なものであった。
『鉄腕アトム』の大ヒットにより、テレビアニメへの新規参入が相次ぐことになる。TCJ(現・エイケン)が『鉄人28号』『エイトマン』、ピー・プロダクションが『0戦はやと』、東京ムービーが『ビッグX』、竜の子プロダクションが『宇宙エース』とテレビアニメの制作を続々開始。最大手の東映動画も『狼少年ケン』『少年忍者風のフジ丸』などで参入し、劇場アニメからテレビアニメへとシフトしていく。このような『鉄腕アトム』に続く新規参入者によって1960年代中盤以降、テレビアニメの制作数が増え続けるのである。
このように日本のアニメの商業的発展は、『鉄腕アトム』を契機としたテレビアニメとともにあったと言っても過言ではない。もちろん劇場アニメにおける東映動画の業績も見逃せないが、現在製作されているアニメの95%(制作分数当たり)がテレビアニメであることからもその事実は理解できるだろう。
1960年代テレビアニメ作品数推移(山口康男著『日本のアニメ全史』より)
年 | 新作 | 継続 | 合計 | 新作 |
---|---|---|---|---|
1963年 | 5 | − | 5 | 『鉄腕アトム』『鉄人28号』『狼少年ケン』『エイトマン』など |
1964年 | 3 | 4 | 7 | 『0戦はやと』『少年忍者風のフジ丸』『ビッグX』など |
1965年 | 14 | 5 | 19 | 『スーパージェッター』『ジャングル大帝』『オバケのQ太郎』『宇宙少年ソラン』など |
1966年 | 11 | 11 | 22 | 『おそ松くん』『ハリスの旋風』『ジャングル大帝』『魔法使いサリー』など |
1967年 | 15 | 12 | 27 | 『悟空の大冒険』『パーマン』『黄金バット』『リボンの騎士』『マッハGoGoGo』など |
1968年 | 14 | 12 | 26 | 『ゲゲゲの鬼太郎』『妖怪人間ベム』『巨人の星』『サイボーグ009』など |
1969年 | 17 | 9 | 26 | 『サザエさん』『タイガーマスク』『どろろ』『ムーミン』『男一匹ガキ大将』など |
ここで特筆すべきことは、1960年代ですでに現在のアニメ業界の枠組みができ上がっていたということだろう。東映動画(現・東映アニメーション)、東京ムービー(現・トムス・エンタテインメント)、TCJ(現・エイケン)、竜の子プロダクション(現・タツノコプロ)などは現在もそのまま制作を続けているが、それらや虫プロダクションから派生した会社をあわせると、現在のアニメ制作主要各社の多くが1960年代のテレビアニメ勃興期に生まれた会社にルーツを持っている。
例えば、スタジオジブリは東映動画、ガンダムシリーズで知られるサンライズは虫プロダクション、攻殻機動隊シリーズのプロダクション・アイジーは竜の子プロダクション、『空の境界』『Fate/Zero』のユーフォーテーブルは東京ムービーにルーツを持つ。日本のアニメの基礎は1960年代のテレビアニメ興隆期に固まったという事実を改めて思わざるを得ない。逆に言えば、日本のアニメ制作がいまだに“60年体制”を維持し続けていることを意味しているのではあるが。
増田弘道(ますだ・ひろみち)
1954年生まれ。法政大学卒業後、音楽を始めとして、出版、アニメなど多岐に渡るコンテンツビジネスを経験。ビデオマーケット取締役、映画専門大学院大学専任教授、日本動画協会データベースワーキング座長。著書に『アニメビジネスがわかる』(NTT出版)、『もっとわかるアニメビジネス』(NTT出版)、『アニメ産業レポート』(編集・共同執筆、2009〜2011年、日本動画協会データーベースワーキング)などがある。
ブログ:「アニメビジネスがわかる」
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