映像配信サービスで救われた命:女神的リーダーシップ(2/6 ページ)
スウェーデンでは毎年、ノーベル賞の発表を機に誰もが国際情勢に思いを馳せる。自由や和平への関心はとりわけ高い。ウェブ上には数々の試合やパーティーのライブ映像がアップされているが、中東で若者たちが独裁体制に立ち向かう姿も伝えられている。
世界中の誰でもネット上に映像を公開できる
彼らは、デンマークのビジネススクールの卒業プロジェクトでバンブーザーの着想を得た。出発点は「放送には長いあいだ多大なコストが付き物だったが、テクノロジーの発達によってコストが不要になりつつある」という気付きだった。それはつまり、世界中の誰でもネット上に映像を公開できるということだった。「『みんな、どんな映像を公開するだろう』『何を観たいと思うだろう』という2つの疑問が浮かんだんだ」とアドラーは語る。
2人はこれらの疑問と向き合ううちに、利用者が発信したストリーミング映像は、1000万人とはいかなくても10人には届くのではないか、その10人はとても大切な人々だろう、と悟った。例えば、外国出張中の父親は、メジャーリーグの試合をテレビで観るよりも、娘が遊ぶ様子をネット上で観たいだろう。娘も喜ぶだろうし、娘の映像を発信した母親は、観客である夫から感謝されるだろう。アドラーは言う。「こんなちょっとしたことで、家族や友人の絆が保たれるんだ」
バンブーザー(スウェーデンの古語で「ダメな水兵」を意味する)は2007年に設立された。最初の1、2年の成長は緩やかだったが、2010年以降はモバイルデータ通信の高速化と料金値下げをきっかけに利用が爆発的に拡大した。エジプトの民主化運動に際しては、海外の主要メディアの報道に先駆けて、市民ジャーナリストがバンブーザーを使って現地のストリーミング映像を発信した。政権側によってカメラやコンピュータが押収され、ビデオ映像も削除されると、バンブーザーは人権活動家たちの頼みの綱となった。「うちのサーバーを使って配信した映像は、削除を免れたんだ」とアドラー。そこには警官による残虐行為が記録されていた。人権活動家たちは警官を職権乱用のかどで訴え、その際映像が証拠として役立った。
エジプトの騒乱が革命へと発展すると、ストックホルムにいたバンブーザーの少数のスタッフは、はるか遠方での出来事の渦中に投げ込まれた。映像配信は1時間に50件を超え、発信国はもとより世界中で閲覧された。抗議デモの最前列の人が警官隊との衝突の模様を配信し、デモの後方の人々がスマートフォンでそれを観る例もあった。
エジプト政府はついに、ツイッター、バンブーザー、フェイスブックなどソーシャルメディアを使用できない状態にした。次いで、インターネットを6日間にわたって全面的に遮断した。これによって、抗議者たちの闘志に火をつけた生々しい映像が閲覧不能となったが、他方、世界中から簡単に閲覧できるストリーミング映像配信サービスの価値が浮き彫りにもなった。ムバラク政権の崩壊後、ヴィグがエジプトで開催されたカンファレンスに参加したところ、バンブーザーの利用者から「このサービスのおかげで人命が救われました」と言葉をかけられたという。あるデモ参加者は、逮捕された後もポケットに忍ばせたスマートフォンから映像を配信しつづけた。それを見た大勢の人々が釈放を求めて警察署に詰めかけたため、彼はすぐに釈放されたのだった。
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