一軍登板なしの男がメジャー昇格! 村田透の“リベンジ魂”:赤坂8丁目発 スポーツ246(1/4 ページ)
元巨人にいた村田透投手をご存じだろうか。ドラフト1位指名され入団したものの一軍登板がなく、わずか3年で戦力外。その後、マイナー契約を結び、2011年から海を渡った男の“リベンジ魂”をご紹介しよう。
臼北信行(うすきた・のぶゆき)氏のプロフィール:
国内プロ野球、メジャーリーグを中心に取材活動を続けているスポーツライター。セ・パ各12球団の主力選手や米国で活躍するメジャーリーガーにこれまで何度も「体当たり」でコメントを引き出し、独自ネタを収集することをモットーとしている。
野球以外にもサッカーや格闘技、アマチュアスポーツを含めさまざまなジャンルのスポーツ取材歴があり、WBC(2006年第1回から2013年第3回まで全大会)やサッカーW杯(1998年・フランス、2002年・日韓共催、2006年・ドイツ)、五輪(2004年アテネ、2008年北京)など数々の国際大会の取材現場へも頻繁に足を運んでいる。
たとえ負けても強烈なインパクトを残した。クリーブランド・インディアンスの村田透投手が6月28日の敵地ボルチモア・オリオールズ戦でメジャー初昇格初登板を果たしたものの、白星をつかめなかった。ダブルヘッダーの第2試合に登板し、3回1/3を投げて2本塁打を含む4安打5失点(自責3)2奪三振1四球。味方内野陣の失策から失点する不運な流れもあったとはいえ、2者連続で本塁打を浴びるなど厳し過ぎる“メジャーの洗礼”を浴びせられた格好だ。
それでも、試合後の敗者・村田の表情は清々しかった。日本メディアに囲まれると「早い回に降りて、先発として役目を果たせなかったのは残念です。やっぱりメジャーはマイナーと違って、甘い球は見逃さず打ってきますね。(試合前は)やってやるぞ、とそれだけでした。米国へ来て5年目……打たれたのは自分の力不足だと思っていたけれど、思っていた以上に平常心でやれたかなと思います」とコメント。負けはしたが、内心では感無量だったに違いない。
それも、そのはずだ。自ら口にしたように村田は米国へ来て今年で5年目。2010年オフに巨人を戦力外通告となってインディアンスとマイナー契約を結び、2011年から海を渡った。インディアンス傘下の2A、3Aを行き来しながら「いつか必ずメジャーに」の夢を捨てずに声がかかるのをジッと待った。
しかし巨人を退団した当時は25歳。日本で実績がないままのメジャー挑戦は想像を絶するイバラの道だった。右も左も分からないところで通訳もつかず、コミュニケーションすらままならない。ましてや村田が最初に加わった2Aは傘下マイナーの中でトップチームの3A以上に厳しい環境下。「他人を蹴落としてでも上を目指す」という意識の強い連中が周囲にゴロゴロいる。言葉ができない苦しみだけでなく、その上に一部のチームメートから嫌がらせを受けるなど見えないところで多くの障壁が立ちはだかっていた。
だが、それでも村田は屈しなかった。どんなに辛くとも、苦しくとも自分からギブアップだけはしない――。それが自身の信念だからだ。こうした持ち前の真面目さと我慢強さで信念を貫き、チャンスをつかんだのである。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
関連記事
新天地でも“転校生”ではない、イチローのハイレベルな「EQ」
メジャー15年目のシーズンを迎えたイチロー選手は、今季から新チームに合流。新天地なので苦労するのでは? と思いきや、チームメートと楽しそうに会話をしている。“転校生”のような立場なのに、なぜすぐにチームに溶け込むことができたのか。
“ハンカチ王子”斎藤佑樹の人気はなぜ凋落したのか
かつて“ハンカチ王子”として脚光を浴びた日本ハム・斎藤佑樹投手の人気が凋落している。成績がパッとしないから仕方がない部分もあるが、なぜKYな言動を繰り返すのか。その裏にあるのは……。
なぜプロ野球選手は「タバコ」がやめられないのか?
WBC3連覇に向けて2次ラウンド進出を決めた侍ジャパン。代表という重圧をどのように緩和しているのか。今大会で選手や首脳陣、そしてスタッフに取材して見ると、意外にも多かった答えが「タバコ」だった。
なぜ田中将大はメジャーでも通用しているのか
野村監督から「マー君 神の子 不思議な子」と言われた、田中将大投手が大リーグでも活躍している。昨季は途中で戦列を離れたが、ここまでしっかり結果を残している。その理由について、地元メディアは……。
