コラム

なぜ、MUFGスタジアムは「ドコモスタジアム」じゃないのか 命名の裏に迫る

2025年4月から民間運営に移行した新国立競技場は「MUFGスタジアム」と命名された。運営会社の代表企業であるNTTドコモは、あえて全体の命名権を獲得しなかった。通信や決済などのデジタルインフラ基盤を主導し、実利を刈り取る高度なエコシステム戦略が隠されている。

 日本のスポーツとエンターテインメントの象徴である国立競技場。1958年に建設された旧スタジアム時代、徹底的な天然芝の管理・維持の難しさから、ここで単独コンサートを開催できたのはSMAPやDREAMS COME TRUEなど、時代を代表する一握りのトップアーティストだけだった。

 その特別な格式を受け継ぎ、2019年11月30日に完成したのが現在のスタジアムだ。47都道府県から調達したスギやマツなどの木材を都道府県の方角に向けて配置した「軒庇(のきびさし)」や、木漏れ日を表現した5色のアースカラーの観客席など、最新技術と木材が調和する「持続可能なスタジアム」として存在している。

 2025年4月からは、所有権は国に残したまま、実際のイベント運営や経営を民間企業が運営を担うことになった。運営権を獲得したのは、前田建設工業、SMFLみらいパートナーズ、Jリーグ、そして代表企業であるNTTドコモの4社が出資して設立された新会社「JNSE(ジャパンナショナルスタジアム・エンターテイメント)」だ。

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 JNSEはスタジアムの付加価値向上と社会課題解決を両立させるため、単なる広告枠を超えた「ナショナルスタジアムパートナー」制度を導入。そのトップパートナー第1号として三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)を迎え、2026年1月より、スタジアムの呼称は正式に「MUFGスタジアム(略称:MUFG国立)」となった。


最新技術と木材が調和する持続可能なスタジアム。2026年1月より、スタジアムの呼称は正式に「MUFGスタジアム(略称:MUFG国立)」となった(出典:2025年10月15日発出のニュースリリース)

「NTTドコモ ゲート E」に「ドコモ MAX Lounge」……ドコモの関与と「ある矛盾」

 ただ、MUFGスタジアムへ実際に足を運んでみると、大きな疑問が生じる。実は、このスタジアム、ドコモ色に染まっている部分は多くあるのだ。

 実際、ドコモの関与は極めて深い。2026年3月には「オフィシャルパートナー」としてメインゲートを「NTTドコモ ゲート E」、スイートエリアを「ドコモ MAX Lounge」と命名。さらに、最上位料金プラン「ドコモ MAX」や「ドコモ ポイ活 MAX」の契約者を対象に、4月に開催されたONE OK ROCK、櫻坂46、Mrs. GREEN APPLE、TWICEといった、音楽史に名を刻む超豪華アーティストたちのプレミアムシート鑑賞体験が当たる大型キャンペーンを大々的に展開した。

 7月14日には、同じくプラン契約者を対象とした限定イベント「ドコモ MAX オリジナル MUFGスタジアム(国立競技場)ツアー」を開催。選手ロッカールームへの入場を可能にし、Jリーグのアンセム「J'S THEME」が響き渡る中でピッチへと入場できるようにした。日本サッカー界のレジェンドである福田正博氏や中山雅史氏によるスペシャルトークセッションも用意するなど、まさにドコモの顧客還元とJリーグのアセットが見事に融合した一日となった。


メインゲートの「NTTドコモ ゲート E」(2026年7月、筆者撮影)

「ドコモ MAX オリジナル MUFGスタジアム(国立競技場)ツアー」の様子(2026年7月、筆者撮影)

 これほど本業の通信プランへの誘導や顧客維持にスタジアムをフル活用し、運営に大きく貢献しているドコモが、なぜスタジアム全体の名前を自社の「ドコモスタジアム」にしなかったのだろうか。

両社に聞いた――看板はMUFGに委ね、ドコモは「インフラ」の実利を握る

 ITmedia Mobile(本誌)はJNSEとドコモの広報へ取材を行った。そこで得られた公式回答は、この疑問の裏にある高度なエコシステム(生態系)戦略を照明するものだった。

 まずJNSEはネーミングライツを見送った理由について、「運営事業を担う代表企業と、将来像を共に描くパートナーの役割は異なる」とした上で、次のように回答した。

 「代表企業であるNTTドコモを中心とした弊社がナショナルスタジアムパートナー制度のビジョンや戦略を考え、歩みを共にして頂ける企業様(MUFG様)へのセールスも、弊社とNTTドコモが共同で行ってまいりました」

 ドコモは、自身の名前を冠することにこだわらず、むしろスタジアムの社会的価値を最大化させるために、金融の巨人であるMUFGを「顔」として自ら誘致するプロデューサーの役割に徹したのだ。

 では、ドコモが手にした「実利」とは何か。

 ドコモ広報によると、同社はスマートライフ領域の成長において「スタジアム・アリーナはリアルとデジタルが交わる重要な顧客体験の場」と定義する。ドコモは全体命名権という目立つ看板に大金を投じる代わりに、スタジアム内のデジタルインフラ基盤の構築へ集中的に投資している。2026年4月に実装した国内最大級のデジタルサイネージやリボンビジョンをはじめ、次世代通信ネットワーク「IOWN」、d払いやdカードなどの決済サービス、そして人流・商流データを用いたデータマーケティングなど、スタジアム全体の「スマートベニュー化(次世代スタジアム化)」に貢献している。


ドコモ前田義晃社長のコメント。2025年10月、構成企業が持つ先進的ICT技術や運営ノウハウなどのアセットを生かし、世界トップレベルのスタジアムを目指すと宣言していた。いままさに、強力なパートナーであるMUFGとともに、スポーツ・エンタメ産業の発展と社会的価値の創出に挑んでいる(出典:2025年10月15日発出のニュースリリース)

ドコモはネーミングより顧客体験を優先

 看板(社会的信用と企業コミュニティーのハブ)は、産官学に広大なネットワークを持つ中立的なMUFGに預けてスタジアムの社会的価値を高め、その裏で稼働するデジタル決済や通信、顧客体験のインフラ(黒子)はドコモが完全に掌握して、通信プラン契約やスマートライフ事業の実利を着実に刈り取る。

 こうして「MUFGスタジアム」という呼称の謎に迫ってみると、ドコモがネーミングよりも顧客体験に重きを置いていることがよく分かる。スタジアムの看板という表面的な宣伝よりもデジタルプラットフォームでの実利を優先した、ドコモの戦略が隠されていた。

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