Nokiaだけでは、次のモバイル市場を切り開けない――NokiaのCTOが語る、モバイルの未来:The Way We Live Next 2008
携帯電話市場に大きな変革の波が押し寄せる中、世界シェアトップのNokiaも戦略の転換を図り始めている。Symbianの買収、OSのオープンソース化、サービスビジネスの強化といった施策の裏にある戦略の核はどのようなものなのか。同社CTOのイアヌッチ氏に聞いた。
モバイル業界が大きな変化の時期を迎えようとしている。インフラの高速化、端末の高機能化といったトレンドに加え、直感的な操作をウリにする端末の台頭、Android、LiMoといったオープンソース系モバイルOSの登場、PCインターネット企業のモバイル進出など、その要素はつきない。
こうした中、携帯端末メーカー最大手のNokiaも、新たな戦略へのシフトを進めており、同社が開催したプレス向けイベントの「The Way We Live Next 2008」でも、“オープンイノベーション”という言葉が何度となく聞かれた。
Nokiaは今後、どのような形でイノベーションを進め、どのような技術でイノベーションを後押ししようとしているのか。2008年初頭の組織再編でCTOに就任したボブ・イアヌッチ氏に聞いた。
ITmedia(聞き手:末岡洋子) Symbian Foundationの設立、Trolltechの買収など、Nokiaはソフトウェア分野の強化を着々と進めています。こうした流れはどのような戦略に基づいたものですか。
ボブ・イアヌッチ氏 Nokiaは“オープンなイノベーション”を重視しています。Trolltechはすばらしいオープンソース技術と大きな開発コミュニティを持っています。Trolltechのユーザーインタフェースは最高レベルで、オープンソースをベースとするソフトウェアには欠かせません。「オープンソース」「オープンイノベーション」「サードパーティの開発者」――。これが、われわれが「Maemo」で実証したパターンです。
Symbian Foundationも同じです。Foundationに資産を寄贈してオープンソース化し、参加を呼びかける。こうした方法を採ることで、アプリケーションだけではなく、プラットフォームについても開発に参加してもらえます。われわれは、Symbianをオープンなものにするために買収したわけです。
もはや、Nokiaだけでは、次のモバイル市場を切り開くことはできません。「Nokiaが構造を作り、他社と一緒に形作っていく」――。これがNokiaの戦略の核となる考え方です。
ITmedia 米Googleが「Android」でオープンソース戦略をとっていますが、こうした動きをどのように見ていますか。
イアヌッチ氏 Googleのインタフェースは、完全にオープンなものではありません。例えばAndroidアプリケーションが、Yahoo!の検索エンジンなどとやりとりできないといった例もあります。Googleが提供するツールキットは、Googleにコントロールされており、Googleの資産を使うようにできています。
ITmedia モバイルOSの価値はどう変わるのでしょうか。
イアヌッチ氏 価値は常に上向いており、それはハードウェアもソフトウェアも同じです。ただ、“携帯電話にすばらしいディスプレイを搭載して差別化する”という時代は終わったといえるでしょう。プラットフォームについても、モバイル向けOSのコア部分の一部は共通部分が多く、新たな価値を提供するものではありません。
5〜8年前は、OSが携帯電話の差別化要素になり得ましたが、現在はソフトウェアスタックの他の部分で差別化する時代に移行しています。
ITmedia 米Appleの「iPhone 3G」が世界的にヒットしています。
イアヌッチ氏 Appleは確かに、ユニークな携帯電話を開発したかもしれません。しかし、NokiaにはAppleのモバイルフォンにはない多彩な製品ポートフォリオがあり、世界で展開する言語ポートフォリオやサプライチェーン、ディストリビューションシステムもあります。
こうした“Nokiaプラットフォーム”が世界中に与えるインパクトは、Appleとは比較にならないと思います。われわれは2007年、約4億5000万台の携帯電話を出荷しており、Nokiaの携帯電話を手にする人は、世界に十億単位で存在するわけです。これだけの大規模な顧客基盤の上にサービスを付加していくとどうなるでしょう?
ITmedia iPhoneのタッチ操作とユーザーインタフェースは大きな注目を集めました。Nokiaのユーザーインタフェースに対する取り組みを教えてください。
イアヌッチ氏 タッチ操作は、情報を得るための方法の1つにすぎません。たしかに魅力的かもしれませんが、それが本質ではありません。
Nokiaは、根本的なレベルでユーザーインタフェースに取り組んでいます。人々はどのように携帯電話を使うのか、どうすればもっと使いやすくなるのか――といった、心理的なところを見ています。携帯電話が持つすべての機能を、容易に使えるようにするというのは、非常に難しい課題です。
ITmedia クラウドコンピューティングでNokiaが果たす役割について教えてください。
イアヌッチ氏 Nokiaでは2008年に組織改革を行い、デバイスとサービス/ソフトウェアの2事業体制をとっています。サービス/ソフトウェアは、インターネットプロトコルを利用して無線経由ですべてのNokia端末にサービスを提供するという役割を担っており、クラウドコンピューティングそのものです。
われわれは、「デバイス」企業から「デバイスとサービス」企業になろうとしています。モビリティとインターネットが重なるところに大きなチャンスがあると思っています。
例えばインターネットサービス「Ovi」では、Nokia端末で撮った写真をOviで共有でき、端末を買い換えても、Oviにアクセスすれば同じデータにアクセスできます。これはPCと同期するのではなく、クラウドと同期するからこそできることです
ITmedia 携帯電話向け研究開発の優先課題について教えてください。
イアヌッチ氏 端末側では、電源管理やユーザーインタフェースなどです。サービス面では、どのプロジェクトを正式に提供するかにもよりますが「Traffic Works」などを考えています。
Traffic Worksは、GPSを搭載した携帯電話を利用して車から情報を集め、混雑状況を調べるものです。Nokiaは現在、交通情報を提供するプロバイダの一部となっており、市場への道が開けています。
研究開発部隊は現在、1万4000人を抱えており、うち500人がNokia Research Center(NRC)に勤務しています。Nokiaの通常の執行部隊は今後3年を見越してさまざまな検討を行い、NRCは3〜7年先を見て研究開発を行っています。
ITmedia ソフトウェア/サービス企業に転身するにあたって、どんな課題がありますか。
イアヌッチ氏 クレイトン・クリステンセン氏が『The Innovator's Dilemma(邦題:イノベーションのジレンマ)』で書いているように、成功すると企業はそれを維持しようとシステムやプロセスを構築しがちです。Nokiaは端末の世界でこそ成功しましたが、成功を維持するためには今後、意識的にいくつかのことにチャレンジしていく必要があります。
デバイスは、標準化主導の世界です。標準化は、アイデアが生まれてから携帯電話に搭載されるまで5年、ときには10年という長い時間がかかります。一方、インターネットやサービスの世界は、アイデアの賞味期限は6カ月という短い期間であることもしばしばでえす。Nokiaは動きを変え、長いサイクルのビジネスから、短いサイクルにも対応していく必要があるでしょう。
ITmedia 将来、モバイル端末はどのように進化するのでしょう。多彩な無線技術が登場していますが、ユーザーはこれをどのように利用するのでしょう。
イアヌッチ氏 モバイル端末は今後、大きく変化すると思います。われわれがコンセプト端末「Morph」で示しているように、端末はよりパーソナルになり、今まで以上にさまざまな場面で利用することになると思います。モバイル端末の将来は明るいと思います。
無線技術については、Nokiaは5年前から「マルチ無線」に取り組んでいます。無線LANや3G、Bluetooth、Ultra Wide Bandなどのさまざまな無線通信方式を、カバーエリアに合わせてシームレスに使えるようにするもので、複数の無線があることから生じる複雑さを隠そうという取り組みです。
現在、ハイエンドのNokia端末は8種類の無線に対応し、11ものアンテナを搭載する端末もあります。アンテナは時に、スペースの25%を占めることもあり、これは大きな問題です。無線技術は増え続けており、問題は悪化する一方です。
幸いフィンランドには無線技術のプロがたくさんおり、こうした複雑さをどのように管理するのか、どのようにして電源管理に与える影響を最小限にとどめるかといった研究が進んでいます。これはNokiaの強みとなります。
マルチ無線の利用については、私の個人的な予想では、消費電力が高く、遠距離をカバーする無線技術のデバイスをポケットに入れ、消費電力が低い無線技術を搭載したアクセサリーをいくつか装着するようなことが考えられると思います。
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