列車が「動くデータセンター」に?――フィジカルAIは社会インフラにも“効く” NVIDIAと日立の見立て(2/2 ページ)
列車が「動くデータセンター」に?
モビリティ領域では、列車へのNVIDIA製産業用エッジコンピューティング基盤「IGX」の搭載が進んでいる。車両内でセンサーデータをリアルタイム処理し、故障の兆候をその場で検知する仕組みだ。これまでは車両データを本社に送り、分析に最大10日かかるケースもあったが、Barirani氏は「列車の上にデータセンターを作るようなものだ」と表現する。この仕組みにより予防保全のサイクルが大幅に短縮されるという。欧州での導入事例では、エネルギー消費量15%減・列車遅延20%減・保守コスト15%減の成果が出ているとしている。
Barirani氏はこの分野のスキルギャップにも触れた。「AIが仕事を奪うという議論が多いが、鉄道・製造の現場では逆の問題が起きている。若い世代がメンテナンス技術者を志望せず、熟練工の退職で技術が失われつつある」とBarirani氏は言う。熟練工の作業録画をAI学習素材に転用し、次世代の訓練資料や作業マニュアルを自動生成する仕組みなど、AIによる技術継承がHMAXの重要な価値の一つだという。
産業安全の分野では、NVIDIAのVSS(Video Search and Summarization、映像検索・要約技術)を活用したソリューションを展開している。工場の作業員がカメラとヘッドセットを装着して作業し、AIが映像をリアルタイム解析。危険な動作や手順の誤りを検出すると、音声ガイダンスでその場でフィードバックを返す。「AIは仕事を危険にするものではなく、安全にするためのものだ」とBarirani氏は語った。
蓄積された作業映像はAI学習素材に転用でき、訓練シミュレーターや報告書の自動生成にも使えるという。前述のスキルギャップ問題に対し、熟練者の暗黙知をデジタル資産として残す取り組みでもある。
バイオ医薬品の分野でも取り組みを行っており、Barirani氏によると、スケールアップ期間を30%短縮できた例もあるという。ワクチンやインスリンなどの生産に使われるバイオリアクターは、pH・温度・栄養素の配分比率など数千のパラメータを同時に制御しながら細胞を培養する装置だ。従来は熟練の研究者が経験則でパラメータを調整していたが、最適解の探索には膨大な時間がかかる。
日立はセンサーデータをAIに入力し、シミュレーション上で大量のパラメータ組み合わせを高速評価。最適解が見つかったら、エージェンティックAIが実機のパラメータをリアルタイムで自律変更する仕組みを構築した。Barirani氏によると、スケールアップにかかる期間を30%短縮できたという。1年、2年、あるいは数年かかるスケールアップが30%縮む意味は大きいと語った。
エネルギー領域では、電力網への新規電源接続に伴う検証期間の短縮に取り組んでいる。太陽光・蓄電池・EV充電施設など新しい電源を系統へ接続するには、通常20~27カ月に及ぶシミュレーションと安全確認が必要だ。NVIDIAの技術と日立のソフトウェアを組み合わせることでこの期間を大幅に短縮できたとしており、クライアント名は明かさなかったが、とある電力会社案件で実際に展開中だとBarirani氏は語った。
「ロボットを迎える準備」から始めよ
フィジカルAIへの参入を考える企業に対し、Talla氏は現実的な始め方を提言する。「ロボットをそのまま買ってきて全自動化できる時代は、まだ来ていない」と前置きしつつ、「自社の業務にどのロボットをどんな目的で導入し、どんな役割を担わせるかを設計することが先決だ。人間・デジタルAI・様々なロボットを組み合わせたシステムとして統合設計する感覚が、すべての企業に必要になる」と語った。
「最終的には、あらゆる会社がロボティクスを事業の中に組み込む時代が来る」とTalla氏は言う。ロボットを自社開発しない企業も、いずれ統合が必要になるため、すでにロボティクスの担当エンジニアを置き始めているケースがあるという。
日立が直近実施した経営層調査では、フィジカルAIの試験運用を超え、スケールまたは最適化フェーズに入っているとする回答が約70%に達した。現時点で測定可能な成果が出ているのは約30%にとどまるが、3年以内に変革的な成果が得られると確信すると答えた割合は81%に上ったという。今後12~14カ月でAI機能に関する新たな発表が続くとBarirani氏は述べた。
フィジカルAIがロボットに限らず、電力・鉄道・製造・医薬品という日常の基盤インフラをどう変えるかが、これからの問いとなりそうだ。
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