さくらインターネットがガバメントクラウド採択にたどり着くまで カギはSRE発の組織変革と経営判断
デジタル庁は2026年3月27日、令和8年度における政府共通のクラウド基盤「ガバメントクラウド」整備のためのクラウドサービスとして、さくらインターネットの「さくらのクラウド」を採択したと発表した。ガバメントクラウドは長らく外資系のクラウド事業者が中心だった。国産事業者として採択されたのは、さくらインターネットが初になる。
国産事業者の中でなぜさくらインターネットは一歩先に進むことができたのか。その背景には単一の技術革新ではなく、ある障害を契機に進められた組織と開発体制の変革があった。その中核を担ったのが、当初は「SRE室」として発足し、現在は「SRE本部」に発展した組織だ。
ガバメントクラウドの300を超える技術要件は、新機能の開発だけで満たせるものではない。誰が、どの機能を担当するのか、どの順番で実装するのか。そして、それをどのように要件と照合していくか。正式採択までの道のりは、そうした地道な組織づくりと改善の積み重ねだった。
始まりは大規模障害 再発防止を文化にする「SRE室」を発足
始まりは、2022年初頭にさくらのクラウドでストレージに起因する大規模な障害が起きたことだった。幅広いサービスに数時間にわたって影響が出た。
「同じような事態を繰り返したくない。何が起きたのかを振り返り、再発防止に必要なことを検討する。それを組織文化にしていく必要があると考えました」
そう語るのは、SRE本部を率いるさくらインターネットの長野雅広氏だ。長野氏は原因を記録し、振り返り、その場しのぎの復旧で終わらせない仕組みとして「SRE」を組織に組み込もうとした。SREとは、サービスを止めない信頼性をエンジニアリングで支える考え方を指す。長野氏は以前在籍していたITメガベンチャーでもSRE組織の立ち上げに携わっており、その手法をさくらインターネットでもう一度実践しようと考えた。
こうして2022年7月、SRE室が発足した。当初のミッションはSREの考え方を開発の現場に浸透させることにあった。ところが実際に現場に入ってみると、課題は文化以前の部分に存在していた。
アメーバ型組織から役割別チームへ 開発体制を再編
SRE室の立ち上げに当たって長野氏が直面したのは、開発チームが機能的に組織化されていないという現実だった。当時、さくらのクラウドの開発に関わるメンバーは10人ほど。1人のエンジニアが領域を限定せず、幅広いシステムを水平的に触る、いわゆる「アメーバ型」の体制だった。この体制は、突発的なトラブルが起きた際に誰でも柔軟に対応できるという強みを持っていた。その半面、各人の担当領域が広すぎるために開発全体のスピードが上がらないという課題があった。新メンバーが加入した際も、プロダクト全体の膨大な仕様を把握しなければならず、立ち上がりに時間がかかるという問題もあった。
そこで長野氏は体制の見直しに着手。当時のリーダー陣と『LeanとDevOpsの科学』の読書会などを実施し、アメーバ組織を再編して開発をより効率的に進める方法を議論した。その結果、機能ごとにチームを分割し、チーム内の連携は密にする一方、外部とのコミュニケーションを適切に整理して自律的に動ける体制を構築した。
こうした組織改革を進める中で転機となったのが、2023年9月に始まったガバメントクラウド公募への参画だった。
300を超える技術要件のうち、当時満たしていたのは半分程度。残り半分の要件開発と、既存機能の改善が必要だった。長野氏は「あらゆる領域で人員が不足していました」と振り返る。それでも地道に開発と改善を続け、同年11月に条件付きでの選定にこぎ着けた。
ここから正式採択に向けて組織の作り替えと採用がさらに加速していった。現場チームに負担がかからないよう、SRE室のシニアメンバーがリファラル採用に加えて、ダイレクトリクルーティングも活用して人材を集めた。経験豊富なエンジニアやマネジャー層が加わったことで採用の輪も広がり、エンジニアリングマネジャーをはじめとするキーパーソンの採用につながった。
こうしてエンジニアの人員だけで2年間で約100人を採用。その結果、それまで順番に進めるしかなかった機能開発を複数チームで並行して進められるようになり、ガバメントクラウド対応のスピードも大きく向上した。
300を超える技術要件を「翻訳」する
体制が整う一方、ガバメントクラウドが要求する300超におよぶ技術要件への適合性の証明をすることが大きな課題となった。ガバメントクラウドの要件は独特な構造を持つ。まずサービス全般に共通する基礎的な要件が並び、それとは別にデータベースやストレージといった機能ごとの個別要件が続く。これらの要件が複雑に絡み合っており、「自分の作った機能は他のサービスで使えているのか」「この基礎要件は個別サービス側でどう満たせばいいのか」など混乱が生じていた。
同社はこの課題を整理するため、全体を俯瞰(ふかん)するプロダクトマネジャーの役割を強化した。
「開発者は、要件項目のために仕事をしているわけではありません。さくらのクラウドをより良いものにしたい、という思いで作っています。一方で審査するデジタル庁は、提示した要件が本当に満たされ、動いているかを書類上で厳格に確認したい。そのため、さくらのクラウドの仕様書をそのまま提出するだけでは、要件との対応関係を分かりやすく示すことができません。そこで私たちプロダクトマネジャーが、技術要件と開発現場をつなぐ翻訳者の役割を担いました」とプロダクトマネジャーを務めた荒木靖宏氏は話す。
荒木氏らプロダクトマネジャーは「どの機能をどう組み合わせれば要件項目をクリアできるか」というシナリオを作成し、その上で開発現場と対話を重ねながら、実装済みの機能と技術要件の対応関係を整理し、審査に必要なドキュメント作成を支援した。こうして、さくらのクラウドの機能が適合していることを証明していった。
開発プロセスの終盤では提供スピードを重視し、APIを中心とした形でベータ版を先行提供した。管理画面などの機能は優先順位を見極めながら段階的に実装を進めた。早期にリリースすることでユーザーからのフィードバックを得ながら完成度を高め、2026年3月の採択につなげた。
採択が変えた引き合い、そして「国産」の意味
ガバメントクラウドの採択は、さくらインターネットのビジネスや信頼性、顧客とのコミュニケーションの在り方を変える転換点になった。
「これまで接点の少なかった大手企業や地方自治体、官公庁といったお客さまから、直接お声がけをいただく機会が急増しています」と荒木氏は語る。
以前は顧客と直接対話する機会は少なく、同社が提供したサービスを顧客が利用するだけの関係にとどまっていた。しかし最近は、顧客から直接「こんな機能を作ってくれませんか」と具体的な要望を持ちかけられる双方向のコミュニケーションが生まれている。荒木氏は「非常にありがたい変化であり、こうした声をプロダクト開発にも生かしつつある」と手応えを口にする。
さくらのクラウドが提供する3つの価値
両氏は、さくらのクラウドの価値について3つの要素を挙げる。
1つ目は国内法にもとづく運用体制だ。クラウドサービスを選定する上で、データ主権や法令対応を重視するユーザーも少なくない。これに対して、さくらのクラウドは国産事業者として日本の法律に準拠して運用されており、管理主体が明確だ。
2つ目は採用する技術の透明性だ。さくらのクラウドはOSSも活用しているが、ソースコードを自ら精査し、自社で運用・改善できるものを選定している。ライセンス状況も長期的な運用を見据えて慎重に評価しており、継続的にサービスを提供できる体制を整えている。
3つ目は、国内の開発・運用体制だ。機能開発や顧客の課題解決において、日本語でコミュニケーションを取りながら迅速に対応できることも強みだ。
挑戦を支えた経営判断
国産事業者の中で、なぜさくらインターネットが先行できたのか。
「ガバメントクラウドの要件には、短期的な収益化だけでは評価しにくい項目も数多く含まれています。その中でも当社の経営陣は、日本のデジタル基盤を支えるという使命に対して、費用対効果だけではない、長期的な視点がありました」
この意思決定があったからこそ、2年間で100人規模のエンジニアを採用し、大規模な開発投資をするという大胆な先行投資が可能になった。
加えて長野氏は「全てを自社でつくるフルスタックの強み」を挙げる。さくらインターネットはデータセンターの物理運用からインフラ構築、ソフトウェア開発までを自社で行っているため、ガバメントクラウドの要件の提示時も「どう作れば要件を満たせるか」を早期に見通し、具体的な工程表を描けた。自社で一貫して開発・運用しているため、要件への対応方針を迅速に検討しやすく、計画的に開発を進められたという。
ガバクラ採択はゴールではない
「ガバメントクラウドの正式採択はゴールではなく、あくまで通過点にすぎません」と荒木氏は今後を見据える。地政学的なリスクやクラウドの主権への関心が高まる中で、自社でインフラとソフトウェアを保有し、国内で運用する体制は、さくらインターネットの強みだ。今後もこの強みを生かしながらさまざまなサービスを提供していくという。
アメーバ型組織からの脱却に始まり、SREを軸とした組織改革、プロダクトマネジャーによる要件整理、そして100人規模の採用。国産事業者として初のガバメントクラウド採択の裏側には、こうした地道な積み重ねがあった。ガバメントクラウド採択は、変革の成果を示す到達点であると同時に、さらなるサービス向上に向けた新たなスタートでもある。
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アイティメディア営業企画/制作:ITmedia NEWS編集部/掲載内容有効期限:2026年8月30日