SaaS導入で従業員の休みが増えた 人不足の地方中小がクラウド活用で変わった話(1/2 ページ)
事業拡大の一方、人不足による業務の属人化と、情報共有の不備に課題を抱えていた中小企業。複数のSaaSを導入し業務改善を図ったところ、従業員の負荷を減らし、休みを増やすこともできたという。成功のカギはSaaSを使わざるを得ない仕組み作りにあった。
地方の中小企業の多くに共通する課題は人手不足だ。経営者にとっては従業員のモチベーションや生産性をいかに向上させるかが事業の継続・成長の可否を握る。LPガスの販売、家電・生活用品の小売り、ウォーターサーバーのレンタル、ドラッグストアの運営といった複数の事業を手掛ける高田屋(秋田県湯沢市)も同様の事態に直面していたが、クラウドを活用してこの課題を乗り越えつつあるという。
高田屋は1954年に医薬品や農薬を販売する企業として発足。長い年月をかけて事業を拡大してきた一方で、近年は事業を横断した全社での情報共有に課題を抱えるようになっていた。2014年に入社した高橋隆太副社長には、高田屋に入った直後から組織としての基盤が遠からず瓦解してしまうのではないかという危機感があった。
「顧客情報などの管理が事業ごとに分断されており、事業部門内の管理方法も統一できていなかった。個別に中途半端なシステム構築を進めてしまっていたこともあって、専用のシステムでの管理に加えてWord、Excel、PDF、紙ベースの情報が混在していた。属人化されて組織として共有されていない情報もあった。特にベテラン従業員の退職に伴う引き継ぎは困難で、新人の教育も十分にできていなかった」(高橋副社長)
このままでは事業の基盤が揺らぐ。そう危惧した高田屋は、米Salesforce.comの製品を中心に、複数のSaaSを活用した業務改善を実施。並行して従業員のSaaSに対する意識改善を行ったところ、事業を横断した情報の活用を実現できた他、従業員の休みを増やすなど、待遇改善にもつなげられたという。
高田屋が実践したSaaS活用の一部始終を、高橋副社長がSalesforce.comの日本法人が開催したオンラインイベント「Service Change Makers」(4月13日〜14日)で解説した。
事業拡大の裏側で人不足に、高田屋の抱えた課題感
高田屋はLPガス販売をはじめとするエネルギー事業を中心に、地域住民や地域社会に必要な生活インフラを提供していく戦略で事業を拡大。家電・生活用品の小売りや、ドラッグストアの運営などに手を広げてきた。
今後もこの方針を続ける予定だったが、人口減少に伴って働き手が不足。このままでは事業を拡大しても、人員が足りなくなることが目に見えていた。そこで、これまで煩雑になっていた顧客情報などの管理を整理し、従業員の業務負荷を削減できるよう、SaaSの導入を決めた。
継続的な事業拡大に向け、SaaSの採用に当たってはコストと拡張性の高さを重視。プロジェクトの中心となるSaaSにはSalesforceの製品を選んだ。内製でのカスタマイズのしやすさや実績の数が採用を後押ししたという。
顧客を中心にあらゆる情報をひもづけ、属人化を徹底排除
まず手を付けたのはビジネス上のコアになる情報管理の一元化だ。CRM(顧客関係管理)ツール「Sales Cloud」で顧客・案件・商談情報やウォーターサーバーの納入状況、メンテナンスの時期、求人・採用情報などを網羅的に管理し、誰もがアクセスできるようにした。
さらにSalesforce外のクラウドサービスであるウイングアーク1stの帳票サービス「SVFクラウド」や電子署名ツールの「DocuSign」、名刺管理の「SanSan」、コラボレーションツールの「Google Workspace」、コンテンツ管理の「Box」なども連携。家電販売の現場で見積書や納品書、請求書を即座に出力できるようにした。ウォーターサーバーのメンテナンス業務においては、顧客ごとの部品交換スケジュールを可視化できるようにし、人員などのリソース配分を効率化した。
次に着手したのはLPガス事業だ。こちらはスマートフォンでの利用に対応した、現場担当者向けのCRMツール「Field Service」を導入。ガス関連設備の保安点検業務におけるスケジュールや作業の進捗状況、訪問先情報の管理を効率化できるようにした。
事業横断で問い合わせ対応を改善することを目的に、コールセンター向けの情報管理ツール「Service Cloud」も導入。コールセンターへの問い合わせの内容やその後の対応の進捗状況を社内で共有できるようにした。
高橋副社長によれば、Service Cloudの導入により、対応漏れがほぼゼロになり、対応完了までの時間も約20%削減できたという。「顧客の満足度に着実につながっているという実感がある」(高橋副社長)と手応えを語る。
社内連絡はSalesforceのビジネスチャットツールである「Chatter」に統一。取引先とのやりとりをChatterにひもづけて全社に公開するルールを作るなど、顧客対応以外の情報共有についても仕組みを整備した。お中元やお歳暮、年賀状などのやりとりに至るまでChatterに一元化し、あらゆる履歴を残すことで、業務の属人化につながる要素を取り除いた。
システム導入と従業員の意識改革は両輪で、人を増やさず休日増
Salesforce製品を筆頭にさまざまなSaaSを導入し、業務改善を進めた高田屋。ただし、クラウドサービスを導入しても、従業員が業務の中で適切に活用してくれなければ成果にはつながらない。
「新しいシステムを導入する際に、新しい操作を覚えるのが大変とか、面倒になりそうとか、社員がネガティブな気持ちを持つのは無理もないこと。よりよい業務環境をつくるためには、優れたシステムの導入と社員の意識改革を両軸で進める必要がある」と高橋副社長。高田屋はこのハードルを、ある秘策で乗り越えたという。
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