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新OSに見るAppleのメッセージとは? WWDC 2018を林信行が読み解く(4/4 ページ)

WWDC 2018でAppleははっきりと「顧客重視」の姿勢を打ち出した。林信行が現地から解説。

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大幅な進化を遂げた2つの主力OS


このiPhoneカメラ越しに見えているギターは、実は机の上には置かれていないバーチャルなギターだ。ARkit 2では、表示するグラフィックの精細さが増している。

 WWDCに関する他の記事ではあまり重点をおいて紹介されなさそうな、地味で、それでいてAppleのエスプリ(精神)を感じさせる機能を中心に取り上げてきた。もちろん、WWDCでは、もっと派手で楽しい機能もたくさん発表されている。

 例えば、iOS関連では、2017年の発表からわずか1年でiOSを世界最大のARプラットフォームにしたARkitの最新版「ARkit 2」が発表された。センシングの精度や機能も大幅に進化している。画像認識や空間認識の精度の高さは、わずか3%ほどの誤差で物の長さや面積を測れる「物差し」アプリがiOSに追加されることからも推し量ることができる。


このiPhoneのカメラ越しに見えているトランクは実際に机の上に置いてある本物のトランクだ。iPhone画面上のマーカーをその一端に合わせて、もう一端まで伸ばすとバーチャルな定規が現れて長さを測ることができる

 もう1つすごいのがAR体験の共有だ。これまでARというと、ユーザーがiPhoneの画面を通して見る個人的な体験だったが、ARkit 2では、他のiPhoneからでも部屋の中においたバーチャルな物体が同じ場所、同じ向きで置いてあるように表示される。これによりゲームで対戦したり、教育系ARコンテンツを同じ班の生徒たちが一緒に楽しんだりできるようになる。

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 さらには、AR映像の品質も劇的に向上する。発表会にゲストとして登場したLEGOは、2018年後半にリリース予定のゲームを披露し、実際にレゴで作った建物にiPadをかざして、バーチャルなレゴの建物やバーチャルなレゴ人形、乗り物を追加できる様子をデモしてみせた。iPadを通して見るオブジェクトの数々は、どれが机の上に置かれた本物のレゴの建物で、どれがバーチャルな建物なのかぱっと見には区別がつかないほどの品質だった。


机の上に置かれたレゴの建物。どれが本当のレゴで、どれがバーチャルなレゴかパッと見には区別がつかない

 ARに関しては、もう1つ重要な発表があった。Pixar Animation Studiosとともに「USDZ」というAR表現のための標準フォーマットを開発し、AdobeやAutodeskを含む7社と共同でサポートしていくという。なお、Adobeはこの秋に開催するAdobe MAXにて、WYSIWYG(最終的な見た目を確認しながら制作できる)のAR開発環境を発表するとみられている。


AppleがPixarと共同開発した初のAR技術標準フォーマット「USDZ」をAdobeやAutodeskを含む7社がサポート

 これ以外にも他社製アプリの命令を追加できるようになったSiriや、最大32人でビデオ通話ができるグループFaceTimeの紹介もあった。ビデオ会議中に誰かが話し出すと、自動的にその人の顔が画面の真ん中に大写しになるUIだ。iOS 12で強化された顔認識技術を生かし、顔の部分をAnimoji(自分の顔まねをするアニメーションキャラクター)や新発表のMemoji(ミーモジ。自分に似せたアニメキャラクター)で置き換えることもできる。


ついにグループチャットにも対応したFacetime。iPhone普及率の高い日本なら、この機能で仕事の打ち合わせができる人たちもいるかもしれない。声を出している人の顔が自動的に中心に移動し、大写しになる。

自分の顔に似せてカスタマイズできるAnimoji系新機能、Memoji(ミーモジ)にも対応。子ども向けにテレビの人気キャラクターなどの顔データも販売されるようになるのだろうか……

 カリフォルニア州のモハーベ砂漠からその名を取った「macOS Movaje」もかなり劇的な進化を遂げている。

 ソーシャルメディア上で話題の「ダークモード」以外にも、ついつい散らかりがちなデスクトップを関連ファイルで束ねて整理してくれるスタック機能や、iPhoneをカメラやスキャナーとして活用する機能など、かなり充実した機能追加が行われている。詳細はAppleの製品プレビューページに譲り、2つだけ筆者が気になった点を紹介しよう。

 1つ目は時間によってデスクトップピクチャーが変わるという機能だ。例えば、朝方は朝の光を浴びた砂山が表示されているが、夜には日が暮れて暗い砂山になる(どの程度の画像バリエーションが用意されているのかは現時点では不明)。部屋にこもって作業を続けていると、今が何時なのか体感で分からなくなることも多い。そんな中、画面上で(時計のようなあからさまな方法ではなく)時間だったり、自然を感じられるのは何となく気分がいい。

 もう1つは「株価」「ホーム」「ボイスメモ」、そして日本で展開するかは不明な「ニュース」の標準アプリ群だ。実はこれらはもともとiPhone用に作られたiOSの標準アプリだが、Appleが2019年のWWDCで発表を予定している新技術を使ってmacOS上に移植されたという。


macOS Majaveに追加された4つの新アプリは、iOSの標準アプリを、開発中の技術を使って移植したもの。さらに先の、2019年にリリースされるmacOSでは、タッチ操作を前提としたiOS用アプリを少ない手間でmacOS用に作り替える技術が搭載される。これにより世界最大のアプリプラットフォームであるiOSのアプリ群をMacに取り込む考えのようだ

 一時、ネットではAppleがiOSとmacOSを融合して1つにするというウワサがあり、これに対してAppleはスライドで大きく「NO」と表示して完全に否定した。ただ確かに、10年前のApp Store誕生以来、世界最大のアプリ市場に成長し、開発者の総売上が1000億ドルに達したiOSの開発者が、既にiOS用として開発したアプリを少ない手間でmacOS上でも使えるようにできたら、開発者としても市場が広がるし、PCやスマホなどデバイスの違いを生かした連携でユーザーの利便性を向上させることもできる。

 そんな開発中の移植技術の成果を先取りできるのが上記のアプリケーションだ。他のmacOS用アプリと同様に操作できるかなども含めて早く試してみたくなる。

 WWDC 2018の発表内容は、目立ちやすい表面的な機能よりも、2年後、3年後くらいに大きな変化をもたらしそうな深遠な変化が多かった。こうした部分の開発にじっくり時間をかける姿勢もAppleならではだし、そうした価値を認めるApple周辺の開発者の質の高さも素晴らしい。

 これまでのIT業界は“アドレナリン・ドリブン”で、次から次へと一見便利そうな(でも本当に必要か分からない)機能の乱造に力を入れすぎてきたように思う。本来時間をかけて実現すべき仕事をきちんと丁寧に行う――これがAppleとその他の企業との間に違いを生み出しているのではないか。そんなことを感じたWWDC 2018だった。

取材協力:Apple Japan

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