2035年、ゲームグラフィックスは「オール・パストレーシング時代」へ――レイトレーシング技術の“先”を見つめる:レイトレーシングが変えるゲームグラフィックス(第4回)(2/3 ページ)
レイトレーシング技術は、ゲームグラフィックスの世界に革命をもたらした……のだが、GPUの性能的にはまだ“完璧”とは言いがたい面もある。いつになったら完璧になるのか――2035年にその瞬間が訪れるという説がある。どういうことなのか、解説していく。
3Dゲームグラフィックスの完全レイトレ化は2035年に?
マクガイア氏は「2035年くらいになってやっと、ほとんどのゲームグラフィックスの表現をレイトレで行えるようになるだろう」とも予測している。“2035年”という根拠がどこにあるのか、講演では特に深く語られなかったが、2023年となった今、理由をある程度推測できるようになった。
2023年における最高スペックのレイトレ対応GPUは、NVIDIAの「GeForce RTX 4090」である。同社が公表している理論性能値を元に計算すると、GeForce RTX 4090が1秒間に飛ばせるレイの数は、最大で約323億本になると思われる(以下、この計算を元に論を進める)。
この値を元に、4K(3840×2160ピクセル)/60fpsのゲーム映像で飛ばせる1ピクセル当たりのレイの数を計算すると「323億÷(3840×2160×60)≒65本」となる。現在の映画向けCGが1ピクセルあたり最大数百~数千本超のレイ(※1)を飛ばしていることを考えれば、ゲームグラフィックスの全要素をレイトレで描画しようとなれば、これに準じた本数を飛ばす必要がある。
(※1)シーン内に配置された3Dオブジェクト数や、それぞれのオブジェクトの材質の種類によって変動する
ざっくりと分かりやすく、「4K/60fpsのゲーム内で1ピクセル当たり1000本のレイを飛ばす」という仮定で計算してみると、「1000÷65≒15倍」という数字が出てくる。つまり、GeForce RTX 4090のRTコアのレイ処理能力を約15倍に引き上げて、やっと実用域に達するのだ。
ちなみに、1秒間に飛ばせるレイの最大数は、2世代前の「GeForce RTX 2080」で約80億本、1世代前の「GeForce RTX 3090」で約139億本となっており、約2年おきに約2倍の性能向上で推移している。このペースを保ち続けると考えると、GeForce RTX 4090のに対して2030年頃までには約16倍、2032年頃までには約32倍の演算能力を持つRTコアが誕生するはずである。
マクガイア氏の予想と重ね合わせると、2035年時点のRTコアの性能は約64~128倍になっているはずなので、4K/60fpsでも1ピクセル当たり1000~2000本のレイを飛ばすことは“余裕”の域に達する。
ここまで来れば「ほとんどのゲームグラフィックスの表現をレイトレで賄う」のも現実的な領域に達する。
次世代レイトレ「パストレーシング」は2035年に実現か
マクガイア氏は、2035年以降のゲームグラフィックスの進化についても言及している。同年以降は「ゲームグラフィックスは『パストレーシング』の採用にカジを切り始めるだろう」というのだ。
パストレーシング(Pass tracing、パストレ)という言葉は耳慣れないかもしれないが、大ざっぱにいうと「レイトレの概念を拡張したもの」である。技術的な発想は、レイトレと大差ない。語弊を恐れずにもう少し具体的にいうと、無限個のレイを飛ばして、それぞれを回数制限なく反射/屈折などを繰り返すことを許容し、最終的に光源にたどり着くまで、レイトレ描画を行う概念がパストレーシングとなる。
ごく限定された状況下の例え話をしよう。
レイトレ描画をするために放ったレイは、何らかの物体(オブジェクト)にぶつかる。その衝突先が「鏡面反射する材質」であれば、その入射角と“正反対”の方向にレイの軌道を変えて、3Dシーン内の探索を進めていけばいい。
しかし、衝突先が「拡散反射する材質」だった場合、文字通りぶつかったタイミングでレイを拡散反射させなければならない。“拡散”するということは、反射点を起点に新たなレイが放たれることになる。新たに放出されたレイが別の拡散反射する材質にぶつかれば、当然そこを起点としてさらなる新しいレイが生まれる。
このような「レイの増殖を伴うレイトレーシング」を無限に繰り返していくことが、パストレーシングにおける処理のイメージだ。
当然、GPUの性能には限りがあるので、レイを無限に発射し続けるなんてことはできない。よって、実際のパストレーシング描画では、「レイを“無数に”拡散させる」という処理を「レイを“ある程度たくさんランダムに”拡散させる」という確率論的なアプローチに置き換えている。レイによる探索を「無限に繰り返す」ことも、要求する画質とGPUの演算性能の限界を勘案して、どこかで打ち切らざるを得ない。
レイの拡散について、先ほど「ある程度ランダムに」とは言ったが、この“ある程度”にも一定の妥協が求められる。
放つレイの数が少なすぎると、描画結果は多くの誤差を含んでしまい、ノイジーになる。より長い時間を掛けて多くのレイを放てば、より美しい映像を得ることはできるが、60fpsでの描画なら60分の1秒以内に全ての処理を終えなければならないため、現実的とはいえない。
そこで重要になってくるのが、連載の第3回で取り上げた「デノイザー」である。中でも昨今は、AIを活用したノイズ除去技術が大きな注目を集めている。
例えばNVIDIAのGPUの場合、GeForce RTX 20シリーズ以降ではAIを使った「DLSS(Deep Learning Super Sampling)」に対応しており、映像の解像度を1段階引き上げる「超解像処理」やシャギーを除去する「アンチエイリアス処理」を高速に行えるようになっている。
DLSSでは「Tensorコア」と呼ばれるAIアクセラレーターを活用しているが、このコアを使ってレイトレ/パストレのノイズ除去を効率的に行う技術も「OptiX Denoiser」として実用化はされている。ただし、Optix Denoisorは、映画用CGの作成などで利用するオフラインレンダリング用レイトレエンジン「NVIDIA Optix」のコンポーネントの1つであり、現時点ではリアルタイム3DCGに対するデノイザーとしては利用できない。
Tensorコアを活用して、レイトレ処理で発生するノイズを除去する「NVIDIA OptiX Denoisor」のイメージ画像。ノイズが乗りまくった左半分を見た後に右半分を見ると、効果の大きさは一目瞭然である。ただし、本文にもある通り、このデノイザーはオフラインレンダリング用で、ゲームなどのリアルタイム3DCGには適用できない
マクガイア氏の見立てが当たれば、2035年までにはAIベースのデノイザーがリアルタイムレンダリングにも“転用”されるようになるだろう。
DLSSにしても、Optix Denoisorにしても、ゲームでの利用を想定したGPUにTensorコアを搭載したNVIDIAには「先見の明」があったのかのかもしれない。
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