レビュー

「Apple Vision Pro」を真っ先に体験した林信行氏が改めて考える「空間コンピュータ」の現在地(5/5 ページ)

日本人で初めて「Apple Vision Pro」を体験した林信行氏が、今改めて同機の立ち位置を冷静に振り返った。

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今後の方向性を決める2代目こそ重要な製品

 このようにApple Vision Proは非常に優れた「今日買える3~5年後の未来のコンピュータ体験」だと言える。

 しかし、万人に勧められる製品ではない。そもそもすぐに役立つわけでもないものとしては約60万円と高価過ぎる(円/ドルレートに合わせて、価格の補正を行ってほしい程)。

 また、先に触れたように重たくて長時間つけるのには難があるのに加え、Appleの技術の枠を集めているはずなのに搭載するプロセッサがM2であるのも少し残念な部分だ。

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 WWDCで今後、Appleのほとんどの製品に搭載されていくAI技術「Apple Intelligence」が発表されたが、Apple Vision Proはその対象製品になっていない。それもこのプロセッサの問題が大きいのではないかと推察している。

 現行のApple Vision Proは、Appleが考える「空間コンピューティング」とはどういうものかを人々に体験を通して教え、「実はAR/VRにおいては精度こそが非常に重要だった」ということを教えた非常に重要な製品だと思う。

 今後、開発者はこのApple Vision Pro品質を基準にしてアプリを開発してもらいたい、おそらくこの製品は、そんな思いで製品化され、本来なら開発者向けとして限定的に売るべきだったものだと思うが、一方で「一般ユーザーにも十分魅力的」ではあるし、一般ユーザーに出しても恥ずかしくない物としての品質のブラッシュアップも行ったため、あくまでも実験的製品として一般販売も行った――これこそが現行のApple Vision Pro販売の背景ではないかと私は思っている。

 実際、そうやってプロだけでなく、余裕のある一般の人も使ってくれれば、その人たちがどんな風に製品を活用しているかを学んで次期製品の開発の参考にできる。

 では、Appleの空間コンピューティングがもっと広く一般ユーザーにも勧められるようになるのはいつのことだろうか。

 ちゃんとした根拠があるわけではないが、これまで30年以上にわたってAppleを取材してきた私の勘では、2~3年後なのではないかと思っている。その頃には、どの技術は切り捨ててもいいかの見極めがつき、製品の劇的な小型化ができるだろうし、もっと幅広い用途のアプリも出そろう。製品名に「Pro」がつかない一般向けの「Apple Vision」の登場もその頃になるのではないかと思う。

 それまでの間のAppleにとって、まず急務なのはAI処理に最適化したM4プロセッサ以降を搭載した次期Apple Vision Proの開発だろう。AI最適化プロセッサの採用は写真の立体化などの処理においても真価を発揮するはずだし、Apple Vision Proの視界に入っている物体をリアルタイムで画像認識する上でも重要になる。

 今後登場するApple Vision Proの後継製品については、もう1つ気になることがある。それは、どのような形で販売するかだ。Apple Vision Proは高いフィット感を実現するために本体、光の侵入を防ぐライトシーリング、顔の接触している部分への負担を和らげるライトシーリングクッション、バンド(ソロニットバンドとデュアルループバンドが付属)、バッテリー、さらには視力矯正が必要な人のための「ZEISS Optical Insert」といったいくつかのモジュールで構成されており、それぞれがマグネットなどでくっつくことで多種多様な人の顔へのフィット感を高めている。


「ZEISS Optical Insert」は高価なだけでなく、測定も必要など手間もかかる

 後継製品が出た際、アップグレードしたいユーザーは製品をまるまる買い直すのか、それともいくつかのモジュールはそのまま継承して本体だけ、あるいは一部モジュールだけ買うことができるのか。

 高価なZEISS Optical Insertは後継製品でも継続して使えないと困るが、それ以外にも使い続けられるモジュールがあるとしたらどれなのか。

 これらは、製品の最大の弱みである価格的負担を軽減する上でも重要だ。

 いずれにしても、Appleの製品は2代目こそが面白い。iPhoneにしても2代目のiPhone 3Gから極端に性能が上がったし、iPadもiPad 2になって一気に薄型化しカメラが付いた。Apple WatchのFeliCa/GPS/防水機能搭載もSeries 2からだ。

 そうした過去を振り返ると、Apple Vision Proという製品がどのような方向に伸びていきそうかを考える上では、2代目の製品こそが重要だと思っている(さらに格段にユーザーが増えるのは3~4年後にもっと安価な製品が出てからだ)。

 現行の初代Apple Vision Proは、そんな時代を見越して早めに準備をしておきたい人、そのための投資ができる人に向けた製品だと私は認識している。

 最後に今回、この記事の作成にあたってスクリーンショットを撮っていてあることに気がついた。私は20年ほど前に台湾を訪れた時に左足をくじいてから、左足に体重を乗せずに歩く癖がつき、自然に真っ直ぐ立っているつもりがつい左肩が上がっていることが多い。

 撮影したApple Vision Proのスクリーンショットも、ものの見事に私の肩が斜めになっていて(それに気が付いてから撮り直した)、長い間、この姿勢を維持してきたことで自分の見方にも生理的な補正がかかっていたことに気がついた。と、同時にこれはApple Vision Proに姿勢矯正などの健康維持の道具としての可能性があるのではないかとも思った。アイデアを模索している開発者の参考になればと思う。

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