「Appleは悪。Googleは開発者を理解している味方」というEpic GamesのスウィーニーCEOが歓迎する未来は本当にバラ色なのか(1/4 ページ)
いよいよ、スマホ新法が12月18日に全面施行される。それに先立ち、Epic GamesのCEOが日本で基調講演を行った。スマホ新法や代替アプリストアを巡る議論について、林信行さんがまとめた。
11月14日に開催された開発者向けイベント「Unreal Fest Tokyo 2025」に合わせて、Epic Gamesの創業者であるティム・スウィーニーCEOが来日した。講演後のメディア向け説明会では、AppleのApp Storeがいかに悪であるかを熱弁して会場を後にした。
12月18日に全面施行となる「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(スマホ新法)を前に、IT業界の一部が騒がしくなってきている。Appleは、既に他社による代替流通ストアに対応したiOS 26.2の開発者向けβ版の配布も開始しているという。
一度施行されれば、なかなか時計の針を戻すことはできない。今はスマホ新法に賛成の人も反対の人も、後悔がないように冷静になって事態を俯瞰(ふかん)し、今からできる最善を考えるべきタイミングだろう。
11月14日、高輪ゲートシティで開催された「Unreal Fest」に合わせてEpic GamesのCEO、ティム・スウィーニー氏が来日し、ゲーム開発者にやってくる大きなビジネスチャンスについての基調講演を行った。Epic Gamesでは現在、Epic Games Storeを利用する開発者に還元率をアップするなどの大々的なキャンペーンを行っている。基調講演後に行われた記者会見でも「Appleは悪。Googleは開発者を理解している味方」という明快な立場を貫いた
スマホ新法はリスクと考える人たちの論点
このスマホ新法について、最も議論がされてきたのが「代替アプリストア」を用意することの是非だ。iPhoneは、これまで実質的にマルウェアのほとんどない安心/安全なプラットフォームとして多くのユーザーから信頼を獲得し、ITに詳しくない人々に安心して勧められるスマートフォンとして認知されていた。しかし、代替アプリストアによってその状況が崩れる、というのが新法に反対する人たちの主張だ。
ティム・スウィーニーCEOが“絶賛”するAndroidは、アプリのインストール方法の自由度が高く、Googleによる「Play ストア」以外にも他社によるアプリストアが豊富にあり、場合によってはリンクをクリックしてアプリをインストールすることも可能だ。
しかし、この自由さが宅配業者を装ったSMSから誘導される「偽アプリ」など、多くの詐欺を誘発する原因にもなっていた。世の中には詐欺を見抜く力がある人も多いので、そうした人は安心してAndroidを使い続ければ良い。ただし、その人たちの親や家族はどうだろうか。
幸い、この偽宅配業者SMS問題に関する状況は新法施行後も状況は変わらない。政府もこの問題については憂慮してくれたようで、日本ではストア以外の直接リンクからアプリをダウンロード可能にすることまではAppleに強要しなかった。だから、施行後も引き続きこの部分においてはiPhoneの安全性は守られる。
では、変わるのは何かというと、App Store以外の他社製ストアを通してのマルウェアの流通や、一部の人が「有害」とみなすアプリが増える問題だろう。有害アプリというのは、主にポルノ系やギャンブル系アプリ、さらにはアプリの説明書きの通りに動作しないアプリなどだ。
解釈は人それぞれなので、これらを嗜好(しこう)する人々にとっては、むしろ「有益」なアプリかもしれないが、少なくともiPhoneを子供に安心して使わせられるスマートフォンと考えていた親にとっては、これらが有害だと理解できるだろう。
欧州連合(EU)では、iPhoneアプリ市場解放で他社ストアの利用が可能になると、真っ先にポルノアプリが登場した。その第1号となる「HotTub」は、現在でも「iPhoneで使えるようになった世界初のポルノアプリ」であることを誇らしげに宣伝している
他ストアもしっかり審査すればいいだけの話なのか?
この議論をすると、スマホ新法に賛成する人たちがよく挙げるポイントが2つある。
1つは「代替アプリストアができたからといって危険が増すわけではない。App Store同様にしっかり審査をすれば危険さは増えない」という主張だ。
今のiPhoneの状況は、“バイ菌”が一切混入しないように徹底管理された無菌室によく似ている。出入り口が1つだけで、そこで検査を行ってバイ菌の混入を防いでいる。
これまでのiOSは、マルウェアが入ってこないように1つだけのドアをしっかりガードしていたいわば無菌室状態だった。これからはこの無菌室への入り口が増えて、リスクが指数関数的に増える。スマホ新法に賛成する人たちは、どのドアもしっかりガードすれば安全さは変わらないというが、理屈上はその通りだが、確率論的にはリスクは確実に高まる。全員が同じモチベーションで安全に向き合っていない中で、まずは一番セキュリティが甘いドアが壊される可能性が高い(Google Geminiを使って描画)
今回、新法で政府がAppleに強要している代替アプリストアは、そこに第2、第3の出入り口を作るということになる。賛成している人たちの主張は第2、第3のストアでも、第1の出入り口と同等の検査をすれば問題はないという主張だ。
確かに理屈上はその通りだが、確率論で考えたリスクの増大は大きい。
- リスク増大率=1-(1-P)^N(P:見逃し率/N:ストア数)
の数式で表せるように、入り口が増えれば増えるほど、防御成功率は指数関数的に下がり、侵入リスクは跳ね上がる。
ここで、悪意あるマルウェアを作る人側の視点で考えてみよう。
「フォーラム・ショッピング」という言葉がある。「攻撃者は、最も防御の弱い攻撃対象を選んで攻撃する」。どこか1カ所のストアのチェックが甘いと分かると、そこに攻撃が集中し、そこからセキュリティが崩れる。
「そのようなことがないように注意すればいいだけ」「そもそもノータリゼーションといって、Appleも他社製ストアのアプリを審査するはず」と主張する人もいる。
確かに、Appleは自社のもうけには一切ならないにも関わらず、日本でも他社製アプリストアで配布するアプリに対して基本のチェックは行う模様だ。
しかし、そもそもApp Storeにない自由度を求めて作られた代替アプリストアなのだし、これまで通りの徹底したチェックを行うわけではないし、さすがにAppleも他社の利益のためにそこまでのコストはかけられない。
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