あのPCと“そっくり色”のマウスを作れ!って簡単にいうな:牧ノブユキの「ワークアラウンド」(2/2 ページ)
「PC本体と色が似ているほど売れる」とはPC周辺機器業界の常識。“超人気”PCとそっくりの色を作るために、PCの新製品出荷直後からアナログな苦闘が始まる。
「そっくりの色」をめぐる苦難
さて、調合を任された外注先にとっても、色の再現作業は厄介だ。具体的な問題点は3つある。1つは調合そのものの難易度だ。2色を混ぜ合わせるだけなら簡単だが、3色以上になったとたんに組み合わせが膨大になる。そもそも、何種類の顔料を掛け合わせているかといった情報をPCメーカーが与えてくれるわけではないからだ。これらをすべて「勘」で掛け合わせ、なるべく近い色を作り出していく。
塗る表面の素材によって色合いが違って見えるのも、頭を悩ませる。色そのものは作り出すことに成功したのに、製造の段階でボディ表面に梨地を加えたら色がまったく変わってしまった例もある。コート処理をするだけでも見た目は変わるし、プラスチックでは成形後に素材が冷えて色合いが変わってしまう場合もある。職人はそれを見越して調合する必要もある。
2つ目は、日本と海外で「色がそっくり」と判断するレベルがまったく異なることだ。日本における「そっくり」の判断基準は、海外ではまず理解できないほど許容範囲がシビアだ。海外のメーカーが自信を持って提出するカラーチップが、日本人を満足させないことは日常だ。最終判断を現地スタッフに任せて量産を始めると、作ったすべてのロットが売り物にならないことも少なくない。結局、最終仕様品を航空便で取り寄せて目で見たり、あるいは担当者自ら現地の工場に足を運んで判断したりという工程が必須になるが、今度は、海外の外注先が自分たちの感覚的に理解できないダメ出しに苦しめられることになる。
最後が、品質管理の問題だ。最終的に色の調合をパスしたにもかかわらず、合格した色の調合比率を記録し忘れて、その色を二度と作り出せない事態が発生することも少なくない。「日本の担当者に何度もダメ出しされたので、自暴自棄で入れた顔料が偶然そっくりの色合いになった」という場合、こうした事態になる。
仕様書や図面で明示できるなら、こんな事態はまず起こらない。しかし、見本そっくりに色を調合するという作業は、感性で行なっているだけに、こうしたミスが意外と多い。そもそも「これとそっくりの色にして」と樹脂のチップを送るようなアナログ発注なわけなので、請けた作業も限りなくアナログになるのは当然だ。
かくして、(偶然できた)色の優れた再現性で高く評価された製品が、セカンドロット以降で色が微妙に変わってしまい、初回ロットで購入した製品を買い増ししたユーザーが「色がおかしい」とクレームをつけるといった、冗談としか思えないようなことが起こる。製品不良ではないので表沙汰になることはまずないが、舞台裏ではこうしたトラブルが多発していたりする。
見た目そっくり急造品は耐久性に難があり
ここまで読んで、「成型色を合わせるんじゃなくて、上から色を塗ればいいんじゃないの」と思うかもしれない。成型色の段階から色を合わせるという面倒なことをしなくても、色を吹きつければ簡単だ。製造工程が1つ増えるとはいえ、完成してから塗れるとなればそれだけ早く製造に着手できるし、塗料を変えれば多くのカラーバリエーションに対応できる。成型色で失敗して、ボディパーツをロット単位で大量廃棄することもない。
しかし、上から色を塗る方法には難点もある。質感レベルでどうしても安っぽくなりやすいほかに、耐久性に劣るというのが最大の問題だ。特に、マウスやキーボードなど、絶えず手で触れる周辺機器を塗装で済ませると塗装が剥げてしまいやすい。そのため、成型色で合わせ、成型色では表現しにくいシルバーなど特殊な色のみ、塗装に頼るといった対応になる。
もし、マウスを長く使いたいなら、塗装で色をそっくりにしている製品よりも、多少色味が違っても成型色を採用する製品を選ぶのが望ましい。コート加工で塗装も長持ちするようになったが、それでも1カ月も使っていないのに色が剥げてくる製品もいまだに多い。カラーバリエーションのほとんどを塗装で済ませているメーカーがあれば、それは手を抜いている証と受け取ってもいい。同じ理屈で、PC本体の出荷から“そっくり色”の周辺機器出荷までの期間が短ければ「塗装で見た目をそっくりにした耐久性に劣る製品」を引いてしまう確率が高い。
ちなみに、マンガやアニメのキャラクターなど、PC本体の色とは関係ない、“柄”を訴求する製品は、PC周辺機器メーカーにとって色のマッチングで時間を要しないので製造が容易だ。版権交渉などで時間がかかるが、それも代理店に丸投げできればなにもしなくていい。PC周辺機器でキャラクター製品が増えているのは、PCメーカーのラインアップに自社製品の売れ行きを左右されたくないという、PC周辺機器メーカー特有の事情もあったりする。
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