iPhoneの新技術、ProRAWはプロの写真家にどのように“写る”のか?:林信行が聞く(1/2 ページ)
予定通り、2020年に提供が始まったApple ProRAW。ProRAWに対応したiPhone 12 Proシリーズを使うことで、どのような世界が切り開かれていくのか、プロカメラマンに聞いた。
ProRAWって何?
2020年末に、iOSのアップデートで利用可能になったiPhoneのProRAW機能。その魅力は一体何なのか。どのように使いこなせばいいのか。ファッションフォトグラファーで、iPhone 12シリーズのレビュー時にもサンプル写真を撮影してもらった写真家のkyosyu(きょうしゅう)氏(以下、kyosyu)に話を聞いた。
普段はファッションフォトグラファーとして、モデルなどの人物の写真を撮ることが多いkyosyuだが、今回は、iPhoneが最も使われるシチュエーションである日常の景色や乗り物を中心に撮影し、検証をしてもらった。
最初の撮影サンプルはお墓参りの際に撮った写真だという。遠くに見える空と海、その景色を額縁のように囲む緑、そしてその真ん中を走る赤白2トーンの京浜急行電鉄の車両。
夕方の空の色が美しい。
これは、元々はiPhone 12 Pro MaxでProRAW機能を使って撮影したものを、後から加工したものだ。
米国や中国など、主に海外のメディアで活躍するKyosyu。彼が舞台とする商業写真の世界では、撮影は作品作りの最初のステップに過ぎず、その後、撮影した写真をより見栄えがするように必ず編集・加工作業が行われる。そして写真を少しでも高い画質を保ったまま編集・加工する際に用いられるのがRAWフォーマット。つまり、カメラのセンサーに記録された生の画像データだ。
デジタルカメラも、iPhoneも、写真撮影した瞬間にカメラに内蔵された画像処理のチップやプログラムが、このRAWデータを元に、例えばレンズによる歪みを補正したり、色味を調整したりといった画像加工を行った状態で画像を表示し、JPEG(またはHEIC)画像として記録を行う。
一度、加工したJPEGファイルに、さらに色味調整などの加工を加えることもできなくはない。しかし、それは一度、お化粧をした顔の上に、さらに別の化粧を厚塗りしてメイクをするようなもの。あるいは、コピー機で原版ではなく、コピーで出て来た書類の方をコピーするようなものだ。どうしても画質の劣化が著しくなってしまう。
だからkyosyuのようなプロの写真家は、RAWデータを使って、写真に自分の記憶や意図に基づいた加工・修正を加えていく。「RAWデータから加工を始めれば、高い画質を保ったまま破綻の少ない加工写真にすることができる」という。
kyosyuのProRAW加工は「暖かみ」からスタート
そんなkyosyuが、写真加工で真っ先に行うのが色温度(しきおんど)の調整だ。「写真の印象は色温度によって大きく変わってくる」というkyosyu。AppleのProRAW写真の加工でも、まずは編集画面の「暖かみ(英語だと「Warmth」)」という項目を真っ先にいじって写真のトーンを決めていく。その他の細かな項目をいじるのは、それからだ。
ちなみに趣味の鉄道模型をオークションに出す際、撮影した写真の色温度にこだわって忠実に再現したところ、同じオークションサイトで販売されていた他の出品者たちよりも数割高い値段で商品が売れた、つまり商品の色を正確に再現することは買い手にとって重要なのだ。
撮影現場や、筆者が撮影した写真を見せると「おそらくこの光は何K(ケルビン)で」と見ただけで判断できるkyosyu的には「iPhoneの標準の編集機能で、ケルビン単位で色温度の指定ができないのが残念」ということだが、そこで物足りなかった部分は、愛用のPCに取り込んで、アドビのLightroomやPhotoshopなどを使って加工しているという。
ファッション関係の写真では、色だけでなく意図せず写っていたものを消したり、モデルさんの肌荒れを消したりといった加工も行うことにもなるが、これもコピーされた書類のようなJPEGファイルを加工するのではなく、原本とも言えるRAWファイルから加工をすることで、より自然な加工になるのだという。
では、AppleのProRAWと、普通のデジタルカメラのRAWファイルはどこが違うのか。
普通のデジタルカメラのRAWファイルは、カメラの中のイメージセンサーがレンズ越しに捉えた光の情報をそのままデータにしたものだが、「ProRAWは、最初から加工済みなのにRAWファイル」とkyosyu。実は最近のiPhoneでは、シャッターを1度切ると、瞬時に細かく設定を変えた写真を数枚撮影して、それぞれの写真のいいところどりをした写真を合成している。
ProRAWは、ファイル形式こそRAWファイルだが、既に複数の写真を合成し1枚にまとめてRAW形式にしたものだというのがkyosyuの解釈だ。写真撮影が苦手な人が適当に撮っても、撮影者の意図を解してきれいな写真に仕上がるApple Computational Photographyの魅力だが、例えばiPhoneが解釈して合成した写真と、撮った人が表現したい写真では色合いだったり、強調したいものだったりが異なっていることもある。
ProRAWでは、ゼロから写真を加工するのではなく、既にレンズのひずみだったり、大き過ぎる明暗差で被写体が潰れたり、飛んでしまう問題の解決といった加工の面倒な部分が解決済みの状態を出発点とする。写真加工でも、どんな表現をしたいかの部分に、より時間を割いて作業ができることが魅力の1つではないだろうか。
例えば下の写真には、いくつかの光源が写っているが、それぞれの光源で光の色も明るさも違う。iPhoneでは、1枚の写真を細かなブロックに分けてそれぞれのブロック単位で色の補正を行っているので、なんとなく自然に見える。
ただ「最終的にどの光の色に合わせるかについてはiPhoenの中で迷った形跡がある」とkyosyu。そんな時、このProRAWファイルを元に加工をすれば、より少ない手間で狙ったトーンに写真を加工できる。
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