Appleのオーディオ機器はなぜ評価されるようになったのか? AirPods Pro 2の「聴覚補助機能」からヒントを探る:本田雅一のクロスオーバーデジタル(2/2 ページ)
聴覚補助機能は「耳の健康」を守る上で大切
筆者が実際にヒアリングチェックを行ったところ、左右の耳の聞こえ具合は共に「4dBHL」という結果となった。そのため、新たに追加された聴覚補助機能による補正がどのようなものか、自分で体感することはできなかった。
AirPods Pro 2のバッテリー駆動時間は、公称で最大6時間とされている。そのこともあり、聴覚補助機能が発表されてから「こんなに駆動時間が短くては補聴器の代替にはならない」という辛辣(しんらつ)な声もあった。
しかし、AppleはAirPods Pro 2で「補聴器の代替」を狙っているわけではない。「耳の健康」を守ることに意識を置いている。
ご存じの通り、Appleは以前から、AirPods Pro 2においてハイダイナミックレンジマルチバンドコンプレッサという機能を搭載している。これはアクティブノイズキャンセリング(ANC)技術を応用して、難聴のリスクがある大きな周辺音を、違和感を最小限に抑えつつ、適切なレベルまで引き下げるという聴覚保護機能だ。
今回追加されたヒアリング補助機能では、「聴覚が健康なら問題なし」と済ませるのではなく、ユーザーに聴覚を健全に保つための情報を与えている。米国とカナダ限定とはなるが、アクティブ聴覚保護機能も、音楽を楽しむ課程で起こりうる難聴を防ぐ文脈で搭載されている。
AirPods Pro 2では、大きな音を聴覚に影響のないレベルに抑える「ハイダイナミックレンジマルチバンドコンプレッサ」という機能を備えている。米国とカナダでは、アクティブ聴覚保護機能によって外部音取り込みモード以外でも音量抑制を適用できるようになった(しかも、標準で“有効”とされている)
若年層における後天性難聴の原因として、「ヘッドフォンなどで大音量を聴き続けてしまった」「スピーカーや爆発物の近くで突然大きな音にさらされた」といった事象が挙げられる。後者については、いわゆる「爆音コンサート」においてありがちだったりもする。
難聴は身体的/認知的なパフォーマンスの低下をもたらすという研究もある。認知症の発症リスクを高める可能性も否定できないため、厚生労働省でも難聴対策の取り組みを継続的に行っている。
- →難聴への対応に関する連絡会議(厚生労働省)
iOS/iPadOS 18.1を搭載するiPhone/iPadとAirPods Pro 2を組み合わせると、ヒアリングチェックによって難聴の早期発見が行える上、ヒアリング補正によって本来の聴覚との違いを認識できる。そうすれば、難聴が進行する前に適切な医療機関で受診するきっかけにもなりうる。社会全体では、難聴の先にある認知症のリスクを抑えられるかもしれない。
難聴を初期段階で把握することで、その後に続く症状の悪化や疾病の予防にもなる。
Appleの「オーディオ」への向き合い方
話を変えよう。AirPods Pro 2以降、Appleのオーディオ製品はBeatsブランドではなくても(=自社ブランドであっても)音質が良くなっている。そういう観点では「AirPods Max」のフルモデルチェンジ(※3)に期待したいところだが、それはさておいてAirPods Pro 2以降の新製品は「特に害はないものの、中身のないスカスカな音」と評されるような状況から抜け出し、一定水準以上の音質は確保できていると思う。
そこに「温度感」や「熱さ」といったものは感じないかもしれないが、「まっさらなTシャツとジーンズのような質感」だと考えれば、Appleの企業イメージも相まって納得できる範囲ではある。
(※3)2024年9月に充電端子をUSB Type-Cに変更し、カラーバリエーションを追加した新モデルが登場しているが、機能や音質面は2020年に発売された初代モデルと変わりない
2020年に初登場したAirPods Maxは、2024年9月に充電端子を変更し、カラーバリエーションを追加した「AirPods Max(USB-C)」に切り替わったが、それ以外のスペックは初代と変わりない。つまり、音質面も“そのまま”となっている
そもそも、Appleが「音の質感」という“マニアックな世界”に足を踏み入れる――そう考えている人も多いかもしれないが、実はそんな事はない。Appleは一貫して「テクノロジー」という文脈で音に関する問題解決や機能改善を図ろうとしている。
もちろん、他のメーカーも同様にテクノロジー文脈の問題解決や機能改善を行っている。しかし、Appleはスマートフォン/タブレット/PCのハードウェアとOSを握っているという他社にはない特徴がある。
そのメリットを生かして、Appleが圧倒的に優位に立っているオーディオの表現ジャンルがある。空間オーディオだ。
Apple/Beatsブランドのイヤフォン/ヘッドフォンはもちろん、Mac/iPad/Studio Displayの内蔵スピーカーは、空間オーディオの再現性が優れている。それはAppleの信号処理技術が優れているからという側面もあるが、耳の立体的な形状を計測し、それを立体音響の再現に活用する仕組みをデバイスのOSに統合している点も大きい。
同時に、Appleは音楽や動画の配信サービス“も”握っている。立体音響技術を活用できるコンテンツを積極的に展開し、デバイスやOSの強みを生かせるようにしているのだ。
例えば「Apple Music」では、空間オーディオを採用する楽曲は優先的にプレイリストに組み込んだり、ライセンス料で有利に扱ったりしている。そのため、Apple Musicで楽曲を配信するアーティスト(権利者)は、Dolby Atmosフォーマットでの制作に熱心になる。
従来、音楽を“立体的に”再現することはハードルが高かった。超が付くほど高品質のオーディオソースと録音環境を用意する必要があるからだ。しかし、昨今の空間オーディオ技術はこの課題を技術面で乗り越えている。
細かい物質の違いはあるが、ハードルの高い音場再現を軽くこなしてしまうことで、Apple製オーディオへのイメージが高まる事は言うまでもない。
そもそも、AirPodsシリーズはワイヤレスイヤフォンのジャンルにおいて、圧倒的に高いシェアを誇っている。このジャンルにおいて、決して安価な製品というわけではないのに、だ。なぜそうなったのかは、より深く分析してみる必要があるのではないか?
テクノロジーを活用してオーディオに関連するさまざまな課題解決を目指しているApple。このアプローチは、今後さらにオーディオ業界の“常識”を壊していくだろう。
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