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「AR空間は誰のもの?」――「ARを規制する法律はない」と牧野弁護士

現実空間を電子情報で“拡張”するAR。現実の土地とひも付いたコンテンツを“表示する権利”は誰にあるのか――。現状では明確な答えはなく、サービスの盛り上がりとともに議論の必要性が高まっている。

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photo 牧野総合法律事務所弁護士法人 所長の牧野二郎弁護士。ITと法律の関係に詳しい“IT弁護士”としてその名を知られる

 「法律がじゃまをするとみなさん言うが、ARを規制する法律はない」

 拡張現実(AR)に関する議論を行う団体・AR Commonsが3月10日に開催したシンポジウムで、牧野二郎弁護士が法律や権利とARの関係について自身の考えを語った。セカイカメラをはじめとするモバイルARサービスは、コンテンツが緯度経度などの位置情報を持ち、モバイル端末のカメラ映像に情報を重ね、あたかもその場所に存在するかのように表示する。仮想的とはいえ、私有地などに許可なく情報を浮かべる行為に問題はないのか――市場にサービスが登場してきたことで、こうした問題に対する議論の必要性が高まっている(関連記事)。シンポジウムで牧野氏は、関係者が自主的にルールを提示し、周囲に説明することの重要性を説いた。

「現実に依存している性質」に配慮すべき

 「ARは、現状ではまだ法律の世界が入りきれていない」という前置きのもと、まず牧野氏は「地中権」「空中権」「環境権」「排出権」など、土地や環境に関する多様な権利概念があることを紹介。牧野氏は特に地中権と空中権に注目し、その内容を説明した。

photophoto 牧野氏は、現実の土地・環境に関する権利の概念をスライドを交えて説明

 牧野氏によれば、基本的に土地の所有権は「地中のマグマから宇宙(付近)にまで及ぶ」という。しかし、例えば地下空間に関しては、地表から40メートル以下、または建築物の支持基盤から10メートル以下であれば公共の事業に利用できるとする「大深度地下使用法」があるなど、公共の利益とのバランスを取る法律が存在する。一方、空中に関しては、「『家の上の空に飛行機を飛ばすな』と言う権利があることにはある」(牧野氏)が、実際にはさまざまな法令に基づきつつ、常識的な範囲で所有権が行使されている。

 このような権利が現実社会に存在するなかで、位置とひも付いたARコンテンツをどう捉えるべきか、明確な答えはない。牧野氏は、AR空間の権利を考える上で「コンテンツが現実に依存している性質」に配慮すべきだと指摘し、セカンドライフやGoogleストリートビューを引き合いに出してAR空間の特性を説明した。

photophoto 「管理可能な空間ならば権利が発生するだろう」と牧野氏

 まず、仮想世界を提供するセカンドライフの“土地の権利”は、「ハードディスクの容量だけ存在できるもので、実際にはセカンドライフの管理者が利用権を認めているという“債権関係”のことを指す」と牧野氏は話し、現実の土地の所有権とは性質が異なることを説明。また、Googleストリートビューに関しては、「架空の地図の上に現実空間を落とし込んだもので、その意味ではセカンドライフと同じ」と、あくまで主体が架空の世界にあるとの見方を示した。

 一方のARは、ユーザーの画面上ではあたかも現実空間に情報が打ち込まれたように表現される。コンテンツ自体はサーバーにあるものの、情報の効果は現実の土地と強く結びつき、「現実に働きかけるモチベーションがある」(牧野氏)。このため、土地所有者の権利が働くのかどうかという問題意識が生まれてくる。「例えば駅構内に時刻表や広告のコンテンツを表示した場合、駅側が『そんなことをするな』と言う権利も考えられる。こうした問題をうまくかみ合わせなければいけない」(牧野氏)

 とはいえ現状では規制法があるわけではなく、牧野氏は「やったが勝ちの状態。公序良俗に反しない中で先行的にやらないと、どんどん(他社に)浸食されてしまうかもしれない」とも話す。また、コンテンツが「その場所に張り付いたような状態」ではなく、離れた場所からその場所の方向にコンテンツが浮いている、つまり「情報空間がその場所の手前にある」ように見える状態では、土地所有者による所有権の行使が難しく、名誉毀損とや営業妨害といった問題として扱われる可能性を示し、「AR空間は、おそらくは物件論と債権論がせめぎ合う場所になる」と予想した。

photo 実際にはそこに存在しないコンテンツを土地の所有権とひも付けようとすると、複雑な問題が持ち上がる

「何も決まっていないところで遠慮していたら、何も始まらない」

photo 欲望を公開し、共有し、可能性について早期に議論し、問題点を洗い出すプロセスの重要性を牧野氏は訴える。「いい法律があるところは、ドロドロの闘いがあるところ。欲望の闘いにどう光を当てていくか私の関心事」と話した

 こうした混沌とした状況のなかで、事業者はARサービスをどのように展開すべきなのか。牧野氏の考えは「欲望や希望のままに前に進むか、一歩も踏み出さないか」というはっきりしたものだ。「法律がじゃまをするとみなさん言うが、ARを規制する法律はない。不法行為をやらないかぎり、基本的には問題ない。しかし何が不法に当たるかは、議論していく必要がある」(牧野氏)

 イノベーションは技術だけでは成り立たたず、技術を活用し、それをマーケットが評価するプロセスこそが重要だと牧野氏は語る。「ある時期を超えると、スマートなもの、市場にウケるものが主流になっていく」という可能性を信じ、積極的に事業を進めるべきと同氏はアドバイスする。「あまり自己規制しないほうがよいのでは」「何も決まっていないところで遠慮していたら、何も始まらない」といった言葉も飛び出すなど、同氏の主張は挑戦的だ。

 ただ、AR空間に関するルールを早期に自主的に作り、それを周囲に説明することの重要性もあわせて主張した。同氏はARの関係者に対して「ARの世界にルールはなく、みなさんが作ってくれないと現実社会は理解できない」と訴えかける。「1つだけお願いしたいのは、現実社会に対してルールを説明すること。きちんと説明し、マーケットに理解させることが大切。マーケットに理解されると、先行的に作られたルールが“しきたり”のようになる。これにきちんと取り組まなければいけない。そのためにバトルやディスカッションをオープンにしながら、ルールを作っていくべきだ」(牧野氏)


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