日本の鉄道史に残る改軌の偉業 北海道もチャンスかもしれない:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/4 ページ)
鉄道ファンならずとも、JR北海道の行く末を案じる人は多いだろう。安全を錦の御旗とし、資金不足を理由に不採算路線を切り離す。それは企業行動として正しい。そして再生へ向けて動き出そうというときに台風・豪雨被害に遭った。暗い話しか出てこないけれど、今こそ夢のある話をしたい。
伊勢湾台風と近鉄名古屋線の改軌
近鉄名古屋線と名古屋鉄道が直通運転した時代がある。1950年から1952年までの約2年間だ。団体臨時列車限定とはいえ、近鉄電車は名鉄の犬山方面や豊橋方面に乗り入れた。名鉄電車は伊勢中川や養老へ乗り入れた。参詣や行楽に便利だったはずだ。現在も近鉄と名鉄は名古屋駅で隣同士であり、リニア中央新幹線の開業を機に駅を改良して、互いに乗り換えしやすくする構想がある。それでも過去に直通運転していたとは驚きだ。今では考えられない。なぜなら、現在は不可能だからだ。線路の規格が違う。
直通運転も驚きだけど、今では考えられないような改革はこの後に起きた。近鉄名古屋線の改軌だ。1959年の伊勢湾台風で、近鉄名古屋線は壊滅的な被害を受ける。その復旧工事をきっかけに、近鉄名古屋線全線の線路の規格(軌間)を変更(改軌)した。それまで近鉄名古屋線の軌間は名鉄や国鉄在来線と同じ1067ミリメートルだった。これを近鉄大阪線と同じ1435ミリメートルにした。その結果、名鉄との直通運転はできなくなった。しかし、近鉄の難波(大阪)から近鉄名古屋までの直通が実現した。近鉄は名阪特急を設定し、東海道本線の特急に勝利した。
近鉄の名阪特急は新幹線に対して所要時間では敵わない。しかし運賃面、大阪中心部乗り入れという点で優位である。また、四日市、津を経由するという意味でも収益に貢献する。近鉄名古屋線の改軌は伊勢湾台風の襲来前に予定されていた。台風被害を受けて、これを好機として改軌工事を繰り上げた。改軌工事はレールの間隔を変更するだけでは済まない。車両も用意する必要があり、駅などの設備も変えなくてはいけない。
近鉄名古屋線の改軌では、鉄橋の架け替えも実施している。その後、志摩線、鈴鹿線も改軌している。この改軌工事がなかったら、近鉄は現在のような特急ネットワークを作れなかった。大阪から伊勢志摩への直通だけではなく、名古屋からも伊勢志摩へ直通できる。名古屋発の観光特急「しまかぜ」も設定できた。
今、近鉄名古屋線のように約80キロメートルの路線を改軌しようなんて言い出したら、無理だという声の大合唱、ネット世論でも袋だたきになっただろう。しかし、今から振り返ると、あのときの近鉄名古屋線などの改軌は正しかった。
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