JR九州が株式上場まで赤字路線を維持した理由:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(3/4 ページ)
10月25日、JR九州は東証1部上場を果たした。同日前後、報道各社がJR北海道の路線廃止検討を報じている。このように対照的で皮肉な現実について、多くのメディアがさまざまな観点から論考するだろう。しかし過去を掘り返しても仕方ない。悔恨よりも未来だ。
発足時よりローカル線の運行本数が増えている
JR九州自身も鉄道事業の維持こそが信頼の担保だと分かっていた。だから赤字とはいえ、鉄道事業をないがしろにしなかった。その証拠を示すために、時刻表の1988年10月号と2016年10月号を比較してみた。ちなみに1988年はJR各社の発足から1年後。瀬戸大橋と青函トンネルの開通を受けて「1本列島」を合い言葉に、分割されたJR各社の結束イメージを高めていたころだ。
現在、JR九州で最も輸送密度が低い吉都線は、1988年では全区間の普通列車が7往復、急行が3往復。2016年では普通列車11往復。1往復分増えていた。次に輸送密度が低い肥薩線は、1988年に普通列車上下56本、急行4往復。2016年は普通列車上下64本、特急上下4本、SL列車も走る。こちらも増えている。日南線も約10本増、後藤寺線は倍増だ。新幹線の開業で在来線特急が減ったほかは、末端のローカル線に至るまで、おおむね運行本数が増えている。
ただし、運行本数が増えたとはいえ、各路線とも輸送密度は減少傾向だ。運行本数が増えて便利になったにもかかわらず輸送量が減った。これを「無駄な投資だ」という見方もあれば、「運行本数を増やしたから、この程度の減少で済んだ」という見方もあろう。JR九州が運行本数減の方針を見せないから、後者の考え方だろう。列車を増やせば経費は増える。ただし、駅の無人化と車掌廃止のワンマン運転というコストカットは実施している。それでも赤字となった場合は、分割民営化のときに国から交付された経営安定化基金の運用益と、不動産、流通など黒字部門から補てんしてきた。
JR九州がこれほどまでに鉄道を維持する姿勢は鉄道屋の意地に見える。それだけではない。前述の通り、鉄道の維持こそが企業の信用の証明だからだ。
このような考え方は、株式上場によって変化するかもしれない。株式を上場すると、企業の理念より株主の利益追求を重視する意思も現れる。株主にとって赤字事業の廃止は当然である。会社の資産を担保に市場から資金を調達できるようになれば、鉄道の運行による信用は考慮しなくて良いと言える。ローカル線を維持する必要性は減衰する。
悪しき例として、西武ホールディングスに対して不採算路線の廃止を迫ったサーベラス・キャピタル・マネジメントの騒動がある。投資家として「赤字部門を廃止せよ」は正論だ。しかし、鉄道路線の廃止は企業としての信用を失い、企業価値を下げる。多角経営を推進する鉄道会社の特殊性を、サーベラスは見抜けなかった。
今後、JR九州の路線維持は、株主に対して鉄道事業の重要性を周知させる努力にかかっている。そのためにはコストカットもするだろうし、観光列車を導入して路線の価値を上げる戦略もあるだろう。虹ノ松原駅で会った社員のように、地域の利用を促進するためのリサーチも続ける必要がある。
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