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高専カンファレンス、人気の理由は“ワクワク”高専カンファレンスリポート

「高専生とその卒業生によるプレゼン型技術勉強会」と銘打つ高専カンファレンス。8回目を数える今回は、最年少の衛星開発チームや宇宙人の遺伝子について考える研究者を迎え、盛りだくさんの内容で過去最高の盛り上がりをみせた。

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 11月7日、東京都立産業技術高等専門学校荒川キャンパス(航空高専)にて「高専カンファレンス 2009秋 in 東京」が開催された。「高専生とその卒業生によるプレゼン型技術勉強会」と位置づけ、2008年6月にウノウで開催された第1回から1年と半年が過ぎた。地方での開催をはさみながら、今回で8回目を迎えた同イベントは、インフルエンザによる産業技術高専荒川キャンパスの臨時休業措置という天災に見舞われつつも、過去最高の盛り上がりをみせた。

最年少の衛星開発チームが宇宙に送り出した「輝汐」


最年少の開発チームが宇宙に送り出した最小クラスの人工衛星「輝汐」(Photo by hmsk

 基調講演は、都立産業技術高等専門学校荒川キャンパスの学生たち(インフルエンザによる産業技術高専荒川キャンパスの臨時休業措置により、在校生の参加はなかった)が壇上に上がり、2009年1月23日に打ち上げられたH-IIAロケット15号機に相乗りで搭載されたピギーバック衛星の1つである「KKS-1」(Kouku-Kousen-Satellite-1)、通称「輝汐(きせき)」の開発秘話を語った(関連:宇宙に飛び出す高専生のピギーバック衛星)。

 後に最年少の衛星開発チームと呼ばれることになる彼らが輝汐の開発を開始したのは5年前の2004年。構造体、電源、通信といった宇宙で動作するために最低限必要な衛星バス機能を確立し、さらに地球の写真撮影、3軸の姿勢制御、そしてマイクロスラスタの宇宙実証実験をミッションとして掲げたこのプロジェクトは試行錯誤の連続だったという。

「説明書が用意されているわけではないので、試作を重ねてソリューションを確立していった」と粟田晃平氏。開発期間も人的リソースも不足していた状況下で、ハードウェア部分の設計が先行しがちで、ソフトウェアの設計が後追いであったと明かす。例えば、地球の写真撮影は画像のサイズが225Kバイトであるのに対し、メインメモリは8Kバイトしか用意されていないなどといった制限にストレスを感じつつも、それを解決していく課程を楽しめたという。ちなみに前述の問題に対しては格子状にして少しずつ変換することで回避したといい、こうした試行錯誤の日々だったと打ち明けた。

 マイコンのことをさほど知らなくても衛星は作れるという現実が、彼らを鼓舞し、それが自信へとつながったと口をそろえる。輝汐は2009年10月現在、通信不具合によりマイクロスラスタの宇宙実証実験こそ未達だが、今後も復旧に向けて全力を注ぐと力強く宣言した。

宇宙人の遺伝子――DNAに人生をささげる研究者


「生物の話をバリバリ話します」と平尾氏

 特別講演に登壇したのは、沼津高専工業化学科(現在の物質工学科)出身である平尾一郎氏。同氏は現在、理化学研究所生命分子システム基盤研究領域のチームリーダーであり、自ら立ち上げたタクシクス・バイオの代表取締役でもある。分かりやすくいえば、生物分野で第一線の研究者である。

 現在では生物分野での研究者だが、沼津高専時代を振り返り、「当時は生物の授業がなかった」と平尾氏。しかし、後に恩師となる赤羽徹氏の研究室に入り、そこで、後にノーベル賞を受賞するワトソン博士がDNAの構造解明に成功するまでの過程を語った「二重らせん」という書籍に出会ったことで、「DNAに関すること“だけ”、ただし、生物だけでなく物理/化学といった領域まで含めてすべてやろうと思い立った」と研究者人生の幕開けを振り返る。

 一度はアカポスへの道に進んだ同氏だが、「サイエンスを極めたい」とその職を捨てて海外へ留学。すでに年齢は40歳近くになっての留学であり、留学先の研究室では教授が自分よりも若いという環境ではあったが、氏の志は研究に対してひたむきであり、折れることはなかった。

 平尾氏は、DNAを「4ビットのコンピューター」と語る。DNAはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という塩基で構成され、特にA-TとG-Cという塩基対の相補性が存在するが、同氏はそこにX-Yという第3の塩基対を組み込み、6ビットのコンピューターにしようと考えた。「人工塩基をDNAに入れることで、アミノ酸の配列を増やすことができる。それにより新しいタンパク質ができる。これが次の時代のバイオテクノロジーになると感じた」と平尾氏、さらに、この道を志すに至った根源的な疑問を次のように明かした。

 「塩基はなぜ4種類なのか。AGCTは必然だったのか偶然だったのだろうか。さらにいえば宇宙人の遺伝子はどうなっているのか。宇宙のどこかに生物は必ず存在するが、そうした宇宙人の遺伝子もまたAGCTなのだろうか。もし、新しい塩基を加え、それが生物として機能するならば、宇宙にはわたしたちとはまた異なる進化の可能性があるのではないか。これを実験的に証明するのが自分の仕事である」(平尾氏)

 こうした人工塩基対の創製に関する研究は海外でも行われており、し烈な競争であると平尾氏。その中で自分たちのグループが一歩抜け出せた理由については以下のように考察した。

 「西洋のサイエンスは1つの概念を軸に研究を進めるのがメインで、2つの概念を組み合わせるということはまれである。人工塩基対の創製に関する研究も、海外の研究者たちはそれぞれ独自の概念をデザインし、それに基づいて研究を進めていた。われわれが成功したのは、そうしたほかの研究者の概念をすべて組み合わせたことではなかったかと思う。これは東洋人的な発想なのかもしれない」(平尾氏)

 その後、論文の受理に至るまでを解説。その過程では自らの研究を「ちょっとした進歩でしかない」と評され、じくじたる思いも経験したが、最終的には「ドラマティックなアドバンス」であると評価されることとなった。「サイエンスフィクションの壁を乗り越えたとメディアなどでは紹介され、やったぜと思った」と平尾氏。かつてはライバルであると思っていたほかの研究者ともコミュニケーションを重ねることで、この分野の研究は加速度を増して進んでいるという。

 「サイエンスは競争でもあるが、小さな分野で競合していると大きなサイエンスにならない。みんなそれが分かってきて、協力するようになった。いかに人と人とのつながりが大事かということが身に染みた」(平尾氏)

 しかし同氏の研究はこれで終わりではない。人工塩基対がうまく機能したとはいえ、まだ試験管の中の話であり、これからがはじまりなのだと話す。ナノマテリアルとしての活用、もしくはバイオ技術としてのさらなる可能性を探求しながら、産業分野への技術転用として、DNA認証技術やインフルエンザなどのPCR(Polymerase Chain Reaction)診断技術などを進めていきたいと意欲を見せた。

幅広い振れ幅を持つコンテンツ

hxmasaki
“いけてるインフラアルバイト”濱崎健吾氏のLTは学生時代からデスマーチを経験するというある意味衝撃的な高専ロボコンの現実を伝えた

 基調講演や特別講演のゲストはもちろん豪華だが、そのほかの一般発表も幅広い科学技術をカバーする講演とだった。例えばセキュリティ&プログラミングキャンプ2009にOS自作組として参加していた木藤圭亮(kitokey)氏が講演した「知ってるようで知らない“OS”のお話」が情報系だとすれば、最近話題の家庭用燃料電池(FC)の原理を実験を交えて紹介した佐藤潤(junesa_to)氏の講演は、技術職員としての力を存分に生かした化学系のコンテンツといえる。先端技術勉強会と称されることもあるこのカンファレンスは、こうした振れ幅の広さが誰にとっても均等な知的好奇心の刺激につながるため、参加者を退屈させない。

 IT系の勉強会ではおなじみのLightning talk(LT)には16ものエントリが用意された。はてなのサーバ/ネットワークを支える“いけてるインフラアルバイト”濱崎健吾(hxmasaki)氏は、高専ロボコンに参加する学生はいったいどのような日々を送っているのかという実態を、さながら啖呵売のような口上で息継ぐ間もなく紹介してみせた。圧巻なのは170枚にもおよぶスライドを300秒で紹介しきったスピード感。これぞLTといった感じで、発表を終えた彼が小さくみせたガッツポーズは、凝縮した内容を伝えきったという達成感を感じさせた。

 そしてもう一人。高専カンファレンスの常連である大和田純(june29)氏は、Mac OS X独自の読み上げコマンドである「say」コマンドとRubyの軽量Webフレームワーク「Sinatra」を組み合わせたWebサーバを即興でコーディングし、HTTP Requestを与えるとしゃべるWebサーバを構築した。

 さらにMac OS X上で動作する日本語音声合成ソフトウェア「SayKana」、日本語の漢字仮名交じり文を平仮名やローマ字交じりの文に変換する「KAKASI」、オープンソースの形態素解析エンジン「MeCab」などで再実装し、あっさりと日本語が通る“しゃべる”Webサーバを構築してみせた。サンプルとして示した「俺は人間をやめるぞジョジョー」の無機質な読み上げが会場に響き渡ったことでテンションが上がった大和田氏は、IRCのデータをHTTP Requestに変換して先ほどのサーバに渡すbotを作り、イベント用に設けられていたIRCチャンネルの発言を拾うサービスまで披露し、IRCからの称賛の声を会場に響かせながらLTを終えた。彼の300秒はこちらにアーカイブされている。

 濱崎氏や大和田氏は高専カンファレンス実行委員会のメンバーであり、いわば高専カンファレンスの顔ともいえる。しかし彼らは自分たちが主役として振る舞うのではなく、まるで前説であるかのように振る舞い、新規の発表者がリラックスして発表に臨むことができる空気を醸成していた。LTの内容は多岐にわたったが、関東甲信越地区の各高専の文化部が日ごろの成果を発表し合う「関東甲信越地区文化発表会」(文発)に関するLTなどもあり、文化系の学生でも楽しめる勉強会への進化を感じさせた。

高専カンファレンスは“ワクワク”を提供する場所

poperasako
距離感が近いのだろうか、参加者はすぐに打ち解け合い交流を深めていった。交流を深めるための機会をさりげなく提供していた運営の努力は特筆したい。写真はITmediaでもおなじみの湯浅優香(poperasako)さん(Photo by _y_u_

 「高専カンファレンスは“ワクワク”を提供する場所」と話すのは、高専カンファレンス実行委員長の五十嵐邦明(igaiga555)氏。同氏はこれまで培ってきたノウハウをドキュメント化するなどして、運営に関する知識の共有化を図る考えを示し、実行委員会代表の大日向大地(earth2001y)氏もまた、各地での開催支援をさらに推進し、2010年は特に中四国・近畿地方での開催を進めたいと話した。

 次回の高専カンファレンスは12月19日の「高専カンファレンス in 長野」。LTで告知を行った長野工業高等専門学校電子情報工学科5年の黒岩亮(hush_in)氏は、「(高専カンファレンス in 長野では)最高の映像設備を用意し、映像配信にもこだわる」と話し、高専カンファレンスにさらなる価値を付加しようと張り切っている。

 東京でのみ行われる数多くの勉強会とは異なり、地方での開催に積極的な数少ないオフラインイベントである高専カンファレンス。同じく地方での開催に積極的なオープンソースカンファレンスやRuby会議などと比べても急速に存在感を増しつつある。高専生の手によるイベントではあるが、決して高専生のためのイベントではなく、科学技術に興味があれば誰でも楽しめるイベントだ。エンターテインメントとしても上質な勉強会なので、近くで開催された際にはぜひ参加してみることをお勧めする。


昨年12月に開催されたカンファレンスの参加者と今回のそれを比較すると、この1年間の成長ぶりには目を見張るものがある

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