送金を身近に リアルカードで決済シーンも拡大 「Kyash」の戦略を聞く:モバイル決済の裏側を聞く(2/3 ページ)
個人間送金と決済の両方ができる「Kyash(キャッシュ)」をご存じだろうか。同サービスでは、送金にまつわるハードルを下げ、よりお金の移動を“滑らか”にすることでキャッシュレス化を支援する。同社の鷹取真一社長に、Kyashが目指す世界を聞いた。
自前で加盟店開拓を行う気はない
Kyashが目指すのは、既存の金融機関がこれまで実現できなかった「Disruption(創造的破壊)」だという。鷹取氏はもともと三井住友銀行の出身で、海外拠点設立や各金融機関との提携戦略を担当し、後に米系戦略コンサルファームに転籍して日米での新規事業支援に従事している。このあたりはリーマンブラザーズ出身で金融畑をずっと歩んできたOrigamiの康井義貴氏に近いものがあるが、2015年1月に「現金のストレスをゼロに」を掲げたKyashの創業は、一連の経験が基となっている。
銀行時代に海外拠点作りに携わった鷹取氏は、国によって銀行ができる業務が違う点に着目している。銀行というくくりでは同じ業務に見えるが、例えば米国では銀行がクレジットなどのカードを発行しているのに対し、日本ではカード会社と銀行が分離しているためカード発行ができない。
カード利用の明細を参照するにはカード会社にアクセスすることになるが、一方で引き落とし先となる残高の参照には銀行にアクセスしなければならない。業界的には「そういうもの」だと思っていても、ユーザーとってはチャネルがばらばらで単に“使いにくいサービス”というだけだ。
「そこをもう少し統一された体験とサービスでえ提供できるのではないか」(鷹取氏)というのが創業に至る発想だったという。「送金」と「決済」というのは言葉にすれば別だが、「お金をA地点からB地点に動かす」という点では一緒で、対象が異なっているにすぎない。「わざわざ業界を分ける必要はなくて、Kyashでは僕らの仕組みで両方ともユーザーにいい形で提供できるサービスを作っている」(同氏)という。
前述のように、Kyashはもともと「手軽な送金サービス」としてスタートした。現在、Kyash Visaカードの発行で「決済」の領域に入り込んでいるが、他の決済スタートアップなどのように自前で加盟店開拓を行う気はないという。
「決済サービスといっても、例えば『渋谷区のゲームセンターのみで使えます』というのでは話にならない。広い範囲でいろいろ使えることを担保するためにVisaと組みました。われわれが(競合他社のように)QRコードを使った自前の加盟店開拓という手段をとっていない理由もそこにあって、本当の意味で多くの場所で使えることが必要です。これを担保するのがスタート地点での要件で、グローバルなプレーヤーと組んだ理由になります」(鷹取氏)
送金手数料無料のKyashを支えるビジネスモデル
Kyashでは「前払式支払手段業者」として登録され、国内の各種規制に対応している他、Visaのアジア太平洋地域を管轄するシンガポール本社から承認を受け、カード発行事業者として個人情報保護を含めた事業要件を満たしている。始まったばかりのスタートアップ企業がPCI DSSの要件を満たしつつ、カード発行を含めた事業にこぎ着けるのは非常にハードルが高いが、鷹取氏の古巣である三井住友銀行や伊藤忠商事本体など、KyashにシリーズAラウンドで出資している企業らの支援を含めて実現したという。Visaの発行ライセンスは10年などの単位であり、事業継続性や実績を必要とされるためだ。
興味深いのは、本来なら「振込手数料」を収益源としているリテールバンクの三井住友銀行が、送金という分野では競合しそうなKyashに出資しているという点で、この理由を「すみ分け」にあると鷹取氏は説明する。「法人の送金や家賃といった万単位の振り込みなど、銀行振込が得意としている分野がある一方で、数百円数十円とか数千円単位の取引はKyashがやっていける領域ではないかと考えています。役割分担ということで投資の整合性を取ったのではないでしょうか」(同氏)
もう1つ興味深いのはKyashのビジネスモデルだ。Kyashの送金は「手数料無料」であり、ここから収益を得ることはない。一方で、先ほどのKyash VisaカードやQUICPayを使った決済の場合、加盟店から決済手数料を徴収している。お金をチャージしてもらい、それを店舗での買い物に利用してもらうことで稼ぐというスタイルだ。
こうした手数料無料を実現している仕掛けの1つが、「システムの内製」だ。「アプリ開発ベンチャーではUIやUXは作るけど、中のシステムの開発については外部のベンチャーにお願いするというケースがあります。銀行でもシステム開発は外注というケースがあり、分断が起きています。Kyashの場合はカードの決済システム、処理、金融商品やカードの発行まで、全て自前で用意しているのでシステムベンダーに依頼するコストがかかりません」と鷹取氏は説明する。
同社の従業員数は25人で、現在も人が足りていない状態だというが、この少ない人数で個人情報管理からシステム開発までを全て行っている点に特徴がある。
このシステム内製で開発コストを削減したことで実現できたのが、「Kyash Visaカードの2%還元」という特典だ。クレジットカードが会員獲得を目的にキャッシュバックキャンペーンを実施することはよくあるが、Kyashの場合は期間限定ではない点が特徴だ。
「楽天カードが還元ですごくユーザーを増やしていて、こうしたキャンペーンが非常に効くというのは歴史が証明しています。『2%還元』を商品性に組み込むことで最強のVisaカードというわけではないですが、バーチャルカード時代を含めて利用者増加に大きく貢献しています」と鷹取氏は説明する。同氏によれば、コスト削減で得られたメリットは極力ユーザーに還元する方針だという。
また副次的な効果として、これまではKyashの会員獲得に宣伝誘導が必要だったものが、「お得なVisaカード」ということで自動的に宣伝される機会が増えたため、以前ほど宣伝費用をかけなくてもユーザー増加効果が得られるようになっているようだ。この本来かかるはずだった宣伝費用もまた、ユーザーへの還元に役立っている。
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