本の世界をもっと豊かに伝えるために 旭ハジメさん:教えて! 絵師さん
書籍の装画や挿絵を中心に活動する旭ハジメさん。読者に小説のイメージを広げてもらうべく、心掛けていることは。
イラストを描き始めたのは大学1年生、参加していたサークルの展示会のためでした。ちょうど10年ほど前になります。
もともと絵や工作が好きで、中学高校では落書きばかりしていました。本がとても好きだったので、ぼんやりと装画の仕事で食べていければいいなーと思っていました。当時のラノベは「ブギーポップ」シリーズをはじめとして思春期の物語が多く、世紀末を前にして日本全国が将来への不安に包まれていて素晴らしい時代でした。僕の大好きだったラノベ、ミステリ、SFの本棚では、どの本の表紙も暗く美しく、書籍装画は本当に素晴らしい仕事だと毎日のように実感していました。
高校卒業後すぐ神戸芸術工科大学に入学し、いろいろあって寺門孝之先生のもとでイラストレーションについて学びました。キャラ絵よりも文芸指向が強くなったのは、寺門ゼミでしごかれたのが大きいです。イラストレーターになるならとりあえず上京しないとダメだろうと思い、卒業後は東京でフリーターをしながら絵を描いていました。
1年ほど前にやっとまともに絵が描けるようになってきたので売り込みを開始し、今年からバイトも辞めてフルタイムでフリーのイラストレーターをしています。書籍装画、挿絵を中心に活動し、絶賛売り込み中です。「雪のマズルカ」「猫とアリス」(芦原すなお、東京創元社)、「怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関」(法月綸太郎、講談社)などで装画を担当しました。もっとグイグイいければいいんですが、売り込みがちょっとスロウなのでスケジュールはまだすかすかです。
制作は、ラフから完成まで全てPhotoshopで行っています。以前はCS4を使っていましたが最近CCに変えました。PCは2012年版のMac miniです。スペック的には特に不満ないのですが、すぐに熱くなってファン音全開で放熱を始めるかわいいいやつです。
仕事がない時は週3〜4日程度、仕事がある時には週7日、毎日12時間以上描いています。落書きが苦手でちょっとした絵が描けないので、仕事じゃないのに全力を出していいものを仕上げるのがすごく疲れるんですよね。僕の作風だととにかく描けるだけ描くしかないので、後悔しないよう仕事では全力を出すようにしています。仕事さえあれば、何の気兼ねもなしに全力を出して絵を描いて、寝て起きてご飯食べてまた全力で絵が描けるので、最高に楽しいです!
最も影響を受けた画家はグスタフ・クリムトです。大学のゼミでラノベっぽいキャラ絵を描き上げても先生に全く響いていなくて、どうしようか悩んだ時期があったんですが、クリムトの絵を見て「絵は平面なんだ、ただ写真のように空想の中の風景や物をパースの通りに描くものではなくて、その四角の枠にも意味はあるんだ」ということを発見したのが本当に大きいです。これがなければ全く違う絵を描いていたと思います。
自分の中で神格化されている存在は筒井康隆と笹井一個。筒井康隆の小説からユーモアの定義、ユーモアと下品の境目、目立つことの重要性、うけてなんぼなんだということを学びました。笹井一個はデビュー作を本の折込チラシで見た時に衝撃を受け、その衝撃がいつまでも続いているすごい人です。どの絵を見ても新しい驚きがあって、色などはかなり影響を受けています。まねしても死んでも勝てないので、他の部分はだいぶ抜けてきたと思います。
他に影響を受けているのは、熊倉裕一、緒方剛志、丹地陽子、木内達朗、影山徹――などです。
いい絵がかけた時には毎回「生きててよかった……」と思います。数年かけて少しずつ少しずつ絵をよくしてきたので、売り込みを始めて本当に絵のしごとを依頼してもらえた時は、自分がやってきたことが間違いじゃなかった、絵がちゃんとよくなっている、という事実で胸がいっぱいになりました。
教えて! 自慢の1枚
自分の好きなものばかりたくさん描いた絵です。「机のきれいな作家は信用するな」という格言に従っています。
「怪盗グリフィン対ラトウィッジ機関」の装画です。「猫をたくさん描いてかわいく」「翻訳小説の装画のイメージで」などたくさんリクエストがあり、小説もレトロSFの幻の原稿から始まるユーモアに富んだ内容でしたが、2週間という短い納期でリクエストを全て満たした上で全力が出せました。とても満足できた仕事です。編集やデザイナーの方からの評判もよかったです。
「ミステリーズ!vol.71」に掲載された「誰のゾンビ?」(青柳碧人、東京創元社)の扉絵です。キャラクター小説なのでいつもより人物を大きく押し出した上で、作品のテーマでもある主人公の収集癖、乱雑な部屋を表現しました。キャラ絵も結構いけるなと思いました。
近道を狙わずできるだけ遠回りしてきたので、画面に豊かさと幅があるのが自分の絵の好きなところです。真面目で画面全体が埋まっているようでもどこか隙があり、肩の力の抜けたユーモアが表現できていると思います。主義主張が一切なく、思わせぶりな曖昧さと複雑なユーモアに集中できるので、小説のようなしっかりした内容のものと合わせるとその距離感がしっくりくるんじゃないかなと。
基本的には画面を埋めてパワーで押し切るタイプの絵なんですが、本も書籍装画の仕事も大好きなので、作中のある側面を表現し、内容にあった絵になるように常に心掛けています。
何をどうすれば絵が良くなるのか分からなくて悶々としていた時期もあったんですが、仕事するうちに学ぶことも多く、最近は自分の得意不得意や力の入れ方、全力の出し方が分かってきて、1年前の自分には描けない絵を描けています。今最高に楽しいです!
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