「紙とペンの間にはエロスがある」――文具マニアが日本製品の美を語った:郷好文の“うふふ”マーケティング(2/2 ページ)
昨年暮れ、モノマガジン系雑誌の文具座談会に出向いた筆者。参加した手帳評論家や文具王の熱い語りに圧倒され、日本の文具製品のすばらしさを再認識した。
背表紙に美学あり
私が持ち込んだのはコクヨS&Tの「測量野帳」。野外記録に重宝するしっかりとした表紙、180度見開きで書ける機能性、必要十分な量(40枚/80ページ)。まさに名品と自信を持って提出すると、文具王は意外な点を指摘した。
「たった5ミリだけど、背表紙があるのが保存にいい」
同じメモ帳を使い続けて、本棚に並べれば“メモのアーカイブ”ができる。その時に背表紙があれば、内容や使用期間を示すテプラを貼れるというのだ。ズサンな私は気付かないポイント。
浮気性がぎっしり詰まる私のメモ保存箱を開けてみると、背がないリングメモやホチキス留めのメモ帳に比べて、確かに測量野帳の背表紙は凛としている。「使用後もゴミじゃないぜ」と胸を張っている。文具の“美の瞬間”を感じてしまった。
文具には、日本には、“美とエロス”がある
リフィル、能率手帳、ゲルインキ・ペン、測量野帳。そんな普遍的価値を誇る文具を前に、手帳評論家が言った。
「紙とペンの間にはエロスがあるんだ」
この言葉には全員大苦笑(笑)。確かにある。罫線の1ミリや裏抜けまで執着し、ペン先の0.0何ミリの差にこだわり、インクの減りにニヤリとして、使用後のアーカイブにまで気を遣う日本人。メーカーも渾身の技術を惜しみなく投下し、それをたった200円で実現する。作り手と使い手が文具に耽溺し、細部の美しさまで追い求める。
文具には日本の美が宿り、エロスがにじみでる。世界中探しても、ここまで文具に美的関心を抱く国民はいないだろう。そう、日本には競争力のある産業がまだあるのだ。
私たちは戦後、欧米の文化や商業、技術を熱心に取り入れ、経済成長を成し遂げてきた。自動車、ケミカル、アパレルしかり。衣服は“洋”服と言うぐらいだし、住宅も気密性を高めた欧米仕様。立ち食いのハンバーガーもファミリーレストランも、カフェもみんな外国からやってきた。チェーンストアもフランチャイズもマーケティングも同じ。食べ方・住まい方・仕事のやり方といったライフスタイルを導入して国内市場を作り、再輸出して稼いできた。
今の閉塞状況を打開するためには、欧米が“文化込み”で商業を輸出したように、日本も“日本的なるもの”をモノに付けて輸出するべきではないか。日本的なるものの1つが“美・エロス”である。フェチなるモノ心。モノだけではダメ、モノの愛しかたも一緒に付けたい。
文具フェチ込みで輸出しよう
具体的には「文具王や手帳評論家を輸出」するのがいいかもしれない。文具王が中国各地で技の美を語る。手帳評論家がエロスを語る。美・エロスの語りに中国人は圧倒されだろう。影響されて中国現地の“文具王”たちが育てば、日本の美・エロス商品も語られ、売れる。精密文具が模倣され、製造業がレベルアップし、顧客もレベルアップする。日本の市場じゃないですか、それ。
すでに成功例はある。例えば資生堂は、中国へ美容部員を輸出し“肌フェチ”を育てて成功している。世界でも群を抜く“日本人のフェチなライフスタイル”込みでの輸出戦略。成熟した市場だからこその競争力が日本にはある。
関連記事
- 子どもだましじゃありません。好奇心をくすぐるカメラ「Bigshot」
コロンビア大学の教授が子どもたちのために作ったというカメラ「Bigshot」。組み立て式だったり、スケルトン構造になったりしている独特のカメラを作った意図はどこにあるのだろうか。 - 電子レンジ以来の発明!? 家庭で使える真空調理器の可能性
調理の際に内部まで熱を通せ、細かく温度調整ができるだけでなく、食材のうまみも逃がさないといった利点もある真空調理法。これまでは高価な業務用機器を使うしかなかったが、10月に米国で家庭用の真空調理器が発売された。 - みずみずしさと純粋思考の野帳スケッチ
取材がきっかけで「野帳」にハマッてしまった。野帳とはフィールドノートのことで、本来は測量技師などに作られたもの。初めは真似をして使い出し、ネタや仕事の思いつきをこのノートに書き留めているうちに、野帳の魅力に気付いた。それは……?
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.