ソニーにとってのFeliCaビジネス(前編) 神尾寿の時事日想・特別編:

» 2005年11月01日 12時29分 公開
[神尾寿,ITmedia]

 JR東日本をはじめとする大手企業での活発な採用、携帯電話と融合した「おサイフケータイ」など、FeliCa/モバイルFeliCaは非接触IC技術の中でも、商用化が最も進んでいる。民間向けでいえば、事実上の標準(デファクトスタンダード)の位置を占めていると言っても過言ではない。

 今日の時事日想は特別編として、ソニーにとってのFeliCa/モバイルFeliCaの意義やビジネス戦略について、ソニーFeliCaビジネスセンター長、谷井洋二氏へのインタビューを元にお届けする。

FeliCaはソニー初の“インフラ事業”

 ソニーという企業にとって、FeliCa事業は異色の存在である。なぜなら、ソニーの基本は主にコンシューマー向けのエレクトロニクス製品であり、その後コンテンツや金融にビジネスを広げたものの、これまでFeliCaのような「インフラ事業」は手がけてこなかったからだ。ソニーにとっての“FeliCaビジネス”はどのような位置づけと意味を持っているのだろうか。

 「ソニーから見た場合、FeliCaのビジネスは非接触ICチップを製造・販売する『デバイス事業』、サービスプラットフォームを構築・提供する『プラットフォーム事業』、そして様々なアプリケーションでビジネスをする『サービス事業』があります。この中で、事業規模が最も大きいのが1番目のデバイス事業です」(谷井氏)

 プラットフォーム事業はフェリカネットワークスがモバイルFeliCaで運用管理する「共通領域」などが主になる。カード型FeliCaよりもアプリケーションやサービスの柔軟性の高いモバイルFeliCaでは、それだけセキュリティや運用が重要になり、共通領域などプラットフォーム管理のビジネス領域は大きい。

 最後のサービス事業はソニーが直接に手がけるのではなく、今のところ関連会社への出資という形で参加している。その代表例が電子マネー「Edy」を提供するビットワレットへの資本参加であり、同社にはソニーファイナンスインターナショナルとソニー合わせて約35%の出資を行っている。

 ソニーから見ると、FeliCaへの関わりはデバイス事業が中心であり、メーカーであるというスタンスは変わらない。しかし、AV機器などソニーの従来型のエレクトロニクス事業との違いは明確に感じるという。

 「AV機器などの場合、コンシューマー向けであるわけですから、マーケットの状況を読んで自らロードマップを描いて商品化します。しかし、FeliCaのビジネススキームは、自らロードマップを描くのですけれども、BtoBですから(相手先企業と)歩調を合わせなければならない。FeliCaは拡張性があり、アプリケーションレイヤーではさまざまなことができますが、(BtoBでは)どの分野からリソースを集中するかを戦略的に考えなければならない。この判断が難しいところです」(谷井氏)

 「FeliCa/モバイルFeliCaの歴史を振り返る(前編)」(10月24日の記事参照)で書いたとおり、FeliCaは開発の最初期、物流分野に先行市場を見いだそうとしたが、チップコストの課題で断念。その後の10年を公共交通分野の開拓に賭けた。その最初の事例が香港オクトパスであり、次の事例が日本最大の鉄道会社JR東日本だった。初期市場の段階で「JR東日本に採用された」ことが、現在のFeliCaの成功につながったのは言うまでもない。

 「(JR東日本に採用されたのは)香港オクトパスの事例が評価されたことが第1の理由ですが、もう1つ我々がJR東日本の厳しいテストに歯を食いしばってついていったことも大きかった。最初はいくつかの課題がありましたが、すべて解決してきちんとサービス開始まで持っていった。Suicaを実現したことによって、ソニー側のレベルも上がりました」(谷井氏)

 ソニーはこうして、BtoBを基本とする“社会インフラ事業”への進出に成功したのだ。

行政インフラの進出に苦戦。電子マネーで風穴が空くか?

 JR東日本のSuica、そしてモバイルFeliCaによる「おサイフケータイ」の主要3キャリア採用など、民間事業においてのFeliCaは華々しい成功を収めてきている。しかし一方で、住民基本台帳カードで採用されなかったことをはじめ、行政が主導するインフラ整備ではFeliCaは苦戦している※。

※非接触ICカード技術にはFeliCaのほかにも、フィリップス社などが推す「Type A」と、モトローラ社などが推す「Type B」がある。Type Bは日本の住民基本台帳カードに採用されていることで知られる(10月26日の記事参照)

 「市場の要求や技術の要求に応えるだけでは行政系のインフラに進出するのは難しいと感じています。省庁ごとの考え方や(相互)関係による影響も強いものがあり、(民間企業と比べて)単純ではありません」(谷井氏)

 行政インフラを手がける企業は、省庁向けの営業部門が担当者と強いパイプを築いているが、この「省庁営業はソニーが完全に苦手な分野」(谷井氏)だという。ソニーのビジネスの軸足が、これまでコンシューマー/プロシューマー向けの事業であったことを鑑みれば無理もない。

 だが、まったく希望がないわけでもない。日本郵政公社が平成18年10月から導入する新型ICキャッシュカードには、接触型ICと併存する形でFeliCaチップが採用され、EdyとSuicaどちらかの電子マネーが利用できるようになる(プレスリリース)。民営化されたとはいえ、未だ官営の色が残る郵貯での採用は1つのマイルストーンといえる。

 「(郵貯カードが)本人確認を強化するという本来の目的であれば接触型ICだけでいいのですが、FeliCaチップも載せたのは、電子マネーがユーザーのニーズであると判断されたからだと考えています」(谷井氏)

 筆者は道路交通分野も取材しているのでよく理解できるだが、行政が主導する官営インフラに参入するには、民間のBtoBとは異なる営業力や提案力が必要になる。しかし、そういった官営インフラも、利用者のニーズや声が大きければ、それを無視できないという一面もある。ソニーの省庁営業は確かに弱いのかもしれないが、民間主導の社会インフラで成功することが、結果的に行政インフラへの進出に道を開く可能性がある。その点を踏まえても、「FeliCaにおける電子マネー分野(の普及)は重要」(谷井氏)だという。

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