電動化に向かう時代のエンジン技術池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/3 ページ)

» 2017年07月10日 07時00分 公開
[池田直渡ITmedia]

新車1億5000万台の時代へ向けて

 先進国の富裕層は新奇性も手伝ってエコな電動システムを選ぶ余裕もあるだろうが、今後しばらく新興国市場でクルマの需要は爆発的に増え、現在の新車販売年間1億台は20年後には1.5倍になる。ここから10年、それらの市場で求められるクルマは100万円以下の売価にならざるを得ない。

 いくらバッテリーとモーターの価格低減が進んでいるとは言っても、その価格帯に近づけるほどではないのだ。可能性があるのは48ボルトのマイルドハイブリッドだけだろう。言うまでもないが、マイルドハイブリッドにはエンジンが必須だ。つまりエンジンはまだまだなくせない。だから未来永劫にとは言わないが、エンジンの効率アップはこれからも当分は自動車産業を支える大事な技術であり続ける。

 さて、クルマの燃費改善は技術面から見てどのように起こってきたか? 1つは長らく積み重ねられてきた機械損失の低減である。典型的な例は摩擦を減らすことだ。ただしこれはもうレッドオーシャンもいいところで、誰もが必死で取り組んできたことによって、残された改善余地はそう大きくない。

 機械損失の低減で比較的大きな効果を上げたものにCVT(無段変速機)がある。エンジン回転を最も効率の良い回転に保って、駆動させることによって、燃費を改善する原動力になってきた。

ガソリンエンジンの高圧縮比化

 さて、機械損失とは別に、ガソリンエンジン自体の能力をもっと高めようとすれば、それは熱効率の改善ということになる。燃料を効率良く燃やして、燃焼圧力を効率良く動力として取り出すための要素関連性を筆者が概念図にしたのが下図だ。左から「損失種別」「制御因子」「対策技術」に分けて、それぞれの関連性を矢印でひもづけている。

ガソリンエンジンの熱効率改善相関図 ガソリンエンジンの熱効率改善相関図

 制御因子から解説していこう。個別に見ていくと、実は効率を改善する方法は分かっている。ただそれができない理由がそれぞれにあり、問題を解決すれば原則に則って効率改善できるのである。「圧縮比」は上げたい。「比熱比」も上げたい。「燃焼期間」は短くしたい。「燃焼時期」は遅らせたくない。「吸排気行程圧力差」は小さくしたい。それらの阻害原因とその対策はどうなっているのだろうか? ここですべてを網羅することはできないので、主要な部分について説明したい。

 まずは圧縮比だ。ガソリンエンジンの場合、混合気をより圧縮して着火すれば大きなエネルギーを取り出せることは昔から分かっている。しかしそうするとノッキングという困った現象が起きる。ノッキングとは燃焼室内で部分的に燃焼圧力が高まり過ぎ、コントロールできなくなることをいい、場合によってはエンジンを壊してしまう。だから圧縮比を上げて熱効率を改善したければ、どうやってノッキングを制御するかがポイントになってくる。

 対策技術の一番上にある「ストイキ直噴」はまさにこのための技術。ストイキとはストイキオメトリーの略で、理論混合比14.7:1の比率をいう。前回書いた通り、日本の自動車メーカーはリーンバーン(希薄燃焼)で燃費改善に取り組んで失敗した。リーンバーンでは、吸気管ではなく、燃焼室に直接燃料を噴射する必要があった。そうしないと燃えるか燃えないかのギリギリを狙う混合比が精密に制御できなかったからだ。しかし、リーンバーンは燃料に対して酸素が多いにも関わらず、薄すぎて着火が悪く、狙いと逆に不完全燃焼を起こしてカーボンが大量発生するという現象に阻まれて頓挫した。

 ところが、転んでもただでは起きないのがエンジニアである。燃焼室に直接燃料を噴射すると、気化潜熱で吸気温度が下がることを発見した。そのメリットはターボにおけるインタークーラーと同じ理屈だ。ノッキングのメカニズムは、気体を圧縮すると温度が上がり、温度が上がると圧力が上がる。このスパイラルで、混合気が勝手なタイミングで自己着火したり、燃焼室内の都合の悪い場所で着火したりすることだ。だから直噴の気化潜熱で冷やしてやれば、意図せぬ圧力上昇を防止でき、制御可能な範囲内で圧縮比が上げられるのである。

 それでも運転条件によってはノッキングが避けられない場合もある。従来ならそこで点火タイミング(燃焼時期)を遅らせ、ノッキングを回避してきたが、それは凄まじい効率悪化を招く。燃焼室の中で起きていることは、素人目には爆発に見えても、エンジニアに言わせれば燃焼で、それには燃焼期間がかかる。

 燃焼が始まっても燃焼ガスの圧力が十分に上がらないうちにピストンが下がり始めてしまえば、せっかく上げた圧縮比が無駄になって効率が落ちてしまう。そこで現れた技術がEGR(Exhaust Gas Recirculation)である。

 EGRは文字通り排気ガスを混合気に再循環させる仕組みで、排ガスには酸素が残っていないため、ほぼ完全に不活性ガスである。混合気に不活性ガスを混ぜると、燃焼温度が下がることは分かっている。つまりタイミングを遅らせずとも、EGRの量をコントロールすることでノッキングの制御が可能なのだ。EGRなら点火タイミングの遅延ほど効率が落ちないので、燃費が大きく改善する。ストイキ直噴とEGRは両輪となってエンジンの効率を改善した。

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