「DXをDX」するために、何ができるか? ツール選定のポイントをおさえる【連載】日本企業のDXには「DAP」が欠けていた

» 2025年01月29日 07時30分 公開
[小野真裕ITmedia]

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著者プロフィール:小野 真裕

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WalkMe株式会社 代表取締役。1999年にNEC中央研究所にて研究者としてキャリアをスタート。その後、コンサルティング業界に転身し、アクセンチュアや日本IBMなどで活躍。日本IBMではコンサルティング部門のパートナーとして、AI&アナリティクスを駆使した戦略立案から実行支援まで、数多くのプロジェクトに従事。2019年11月にデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速させるテクノロジーソリューションであるWalkMeに参画し、現在は同社の代表として、日本企業のDX推進を牽引している。情報理工学博士。

著書に『日本のDXはなぜ不完全なままなのか 〜システムと人をつなぐ「DAP」というラストピース〜』(2024年6月26日発売、ダイヤモンド社)がある。


 DAPは社内で利用するSaaSなどのサービスや、また社外の顧客向けアプリケーションサービスに対して、ガイドや操作の自動化、データ入力の適正化などの機能を持ちます。本連載では、DAPがそれぞれのステークホルダーの視点でどのような課題を解決し得るものなのかみてきました。今回は、それぞれの立場の方がDAP導入を進めるステップを説明したいと思います。

 DAPは、事業部門の変革を進めるもの、あるいは、そういった変革を支えるIT部門・DX推進部門の在り方を変え得るものです。最初から変革を狙って活動を始めることもできますし、足元の課題を解決するための特効薬としてまずは使い始めることできます。ここではトップダウン・アプローチとボトムアップ・アプローチの両方をご紹介しましょう。

トップダウン・アプローチ

 事業部門のマネジメント層や、CDO・CIOなど、上位レイヤーが導入を主導する手法のことです。マネジメント層やCDO・CIOが考える「望ましい姿」を実現するために、変革の手段として取り入れるアプローチです。

 事業部門のマネジメントに「自部門の戦略を今後こうしたい。そのために業務をこう変えたい」「現場のメンバーにこう動いてほしい」というビジョンがあれば、それにあわせて進めるべきでしょう。

 あるいはCDOやCIOが「社内のITをこう変えたい」「事業部門とIT部門との関係をこう変えたい」というビジョンを持っている場合は、そこに肉付けをしていきます。

 トップダウン・アプローチではまず、DAPで実現可能なことを理解した上で現実的なビジョンを明確化し、ビジョンに向かってどのようなタイムラインで進んでいくかを示すロードマップを考えます。

 その際、テクノロジーでできることのみを考えるのではなく、社内外の関係者たちを集めてどのような体制を作り、進めていくのかも検討できるとベターです。効果や効率の向上を狙い、CoE(Center of Excellence)と呼ばれる、ナレッジを集約させる組織を組成することも、一考に値する進め方です。

 同時に、DAPアセスメントとして、社内のシステムの利用状況などを把握すれば、まずはどのシステムから着手すべきか、という視点も加えて議論できます

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ボトムアップ・アプローチ

 ボトムアップ・アプローチとは「既に導入されているシステムが十分に活用されていない」または「導入を予定しているシステムで失敗したくない」などの課題がある際に、解決・予防するための検討パターンです。「あるべき姿」から考えていくトップダウン・アプローチとは反対に、現在すでにある課題や、これから困りそうなことを起点に、打ち手を検討していきます。

 本連載では、DAPについて説明してきました。ただし、ケースによってはDAPの導入が必ずしも最適の選択肢ではない可能性もあります。そうした企業のために、DAPに近しい効果が得られるソリューションを以下に挙げます。

学習管理システム

 ソフトウェアの活用を促進するために、eラーニングなどの自己学習コースと、それらの学習コンテンツを管理するためのツールを提供します。

 学習管理システムの場合、利用者はシステム利用時にリアルタイムに支援を得られるのではなく、利用者自身で事前にシステムについて学習する必要があります。

アプリ内ガイド

 独立ソフトウェアベンダー(Individual Software Vendor、ISV)のソフトウェアの中には、自社のソフトウェアの理解を助けるためのガイドを備えているものです。

 従来のヘルプコンテンツに補足的な存在で、利用者はアプリを利用中に、アプリ内のガイドを提供されます。例えば、機能を説明する画面ツアーや、操作のヒントにつながるポップアップです。

製品ツアーツール

 基本的には上記のアプリ内ガイドに近い存在です。ただし、上記アプリ内ガイドでは、ISVが自社のアプリのためだけのガイドを提供しているのに対し、こちらはサードパーティーのアプリに対して、企業が独自にガイドを作成できます。

製品体験ツール

 主に製品開発者に向けたもので、ユーザーの製品利用に関して広範な分析とレポート機能を提供し、ソフトウェアがどのように使用されているかを深く探ることが可能となります。付随的に、利用者向けに限定的なガイドを提供することもあります。

デジタルアダプション・ソリューション(DAS)

 システムの利用に関し、アプリ内でさまざまなガイドを提供します。簡易なフィードバックツールを含み、管理者が利用者向けガイドを限定的に改善が可能です。

 しかし、システムを中心とした考え方に従っており、複数システムをまたぐビジネスプロセスについては提供が困難です。

 また、対象となるデバイス(ブラウザ、デスクトップ、モバイル)や、業務プロセスの継続的なPDCAによる改善を実現するために十分な機能を備えていません。

デジタルアダプション・プラットフォーム(DAP)

 データ分析、クロスアプリの業務フローの最適化、文脈にそったガイダンスなど、社内のデジタル体験全体を改善するためのプラットフォームとして一通りの機能をそろえています。

 どのソリューションにすべきかは、自社の状況を踏まえて判断しましょう。ただし、ここで特にDX推進部門・IT部門の方に注意していただきたいのは、今この瞬間顕在化しているニーズだけを満たせばいいのか、今後も見据えて考えた方が良いのかという点です。

 特にこのボトムアップ・アプローチは、いちシステム担当者が「ちょっと困っている」程度の悩みを起点にスタートする可能性が高いです。IT部門・DX推進部門は「将来的な展開」「社内のIT環境の整合性」「社内のITガバナンス」なども考慮し、まずは自部門のミッションに立ち返って意思決定に関与すべきでしょう。その上で、システム担当者の悩みをどう解決すべきか判断すべきです。

 さらに、過去の事例からも学ぶべき点があります。例えば、かつてのLotus Notes(以下、Notes)や、近年のRPAの導入など、自由度の高いツールが企業内で広がる中で管理が行き届かず、後に深刻な課題を生んだケースがあります。

 Notesでは、各部署が自由にアプリを作成できた結果、IT部門が管理できないアプリが氾濫し、必要な情報が横断的に検索できない、また作成者が退職するとメンテナンスが放棄されるといった問題が発生しました。同様に、RPAでは、管理者不在や効果を実感できずに放置された「野良ロボット」が大きな問題となりました。いずれも、最初の導入時に適切なガバナンス体制を整えなかったことが原因です。

 このような失敗を繰り返さないためには、IT・DX部門の巻き込みが不可欠です。ツール導入時には、全社的な視点での要件確認や運用計画が求められ、現場レベルだけでなく、将来を見据えた統一的なガバナンス体制を構築する必要があります。

 DAPはこれからさらに進化していくソリューションなので、ソリューションそれ自体の現時点の機能だけでなく、今後の将来性、エコシステムなども考慮する重要性を示しました。

 個人的にはこれまでの経験上、このボトムアップ・アプローチは、直近の課題を解決するためのものという位置付けと同時に、全社的なDAP導入を検討する前の第一歩として、PoCとしても位置付け、その後どのように全社展開できるかという検討材料もアウトプットできるような形でプロジェクト進行していくのが良いと考えております。

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DAP業界全体像

 トップダウン・アプローチ、ボトムアップ・アプローチ、いずれだとしてもDAP導入を進めることになれば、具体的なソリューションを選ぶことになります。

 そもそもDAPのソリューションはどれぐらい世の中に存在するのでしょうか? 利用者によるサービスレビューサイトG2によれば、2025年1月24日時点で、DAPに分類されるソリューションは世の中には92個存在しているようです。

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 本連載では、一般的に混同されがちなDASとDAPを分け、 全社的な“プラットフォーム”という側面をもつDAPを説明してきました。その点に注目し、G2で大企業向けのソリューションで絞り込むと18個に減りました。

 リーダー企業を示す右上に位置するようなベンダーを対象とし、さらに詳細な自社ニーズに照らして最もフィットするベンダーを選定するのがよいでしょう。

DAPソリューション選定のポイント

 選定においては、ベンダー、ソリューション、エコシステムなど、さまざまな観点から自社に合ったものを選んでいきます。

ベンダーから選定する

  • エンタープライズグレードのセキュリティ
  • 市場の専門知識
  • 革新的な技術開発

 DAPはまさしくデジタルアダプション“プラットフォーム”であり、全社システムの基盤となるものです。そのため、セキュリティは必要条件として厳しく求める必要があります。

 次に、専門知識ですが、全世界ではあらゆる企業においてさまざまな変革が行われています。それらの知見をいち早く取り込み、ソリューションの価値として高めている会社がベターだと考えられます。変革を進める上で、落とし穴を回避し、ベストプラクティスを導入できたほうが単純に良いからです。

 最後に技術開発です。SaaSは次々と新機能が追加されていきます。現時点の製品のスナップショットで比較するだけでなく、将来的な機能追加の期待も見込んで選択するのが良いでしょう。この視点で考える場合、技術を取り込むためのM&Aや技術開発部門の人数などを見ると良いでしょう。

 ちなみに、ソリューションを選択するときは、当該ソリューションカテゴリーでグローバルNo.1のものを選ぶというシンプルな戦略を取る企業も存在します。

ソリューションから選定する

  • 利用者向け
  • 管理者向け
  • AI機能

 利用者向けについては、細かなポイントがさまざまにあり、各社いろいろな訴求があると思われます。ここでは、全社のプラットフォームとして考えた時に、一般的に重要と考えられる機能として以下を挙げておきます。

  • オムニチャネルサポート
    • 対象となるものがSaaSだけでよいのか、デスクトップやモバイルも入るのか
  • パーソナライズ・エクスペリエンス
    • 部門ごとや何かの処理を終了した人、などのセグメントを設定し、きめ細かくおもてなしを変えられるか

 管理者向けについては、なによりも「全社プラットフォームとして考えた時に、DAPコンテンツを複数人でそれぞれ適切な権限をもって管理できるか」、また「PDCAをくりかえせるような一連のモジュールがそろっているか」などが重要となります。

 また、これは会社やプロジェクトのスコープにもよりますが、グローバルで展開する際は、国内とはまた違ったサポート体制が必要となってくるので、そういったサポートがあるかどうかという点も重要です。

エコシステムから選定する

  • パートナー
  • ユーザーコミュニティー

 ソリューションをとりまくステークホルダーも重要です。パートナーエコシステムが充実していれば、そのソリューションが発展する可能性が高いと考えられるでしょう。また、ユーザーからみても支援を受ける選択肢が増えることを意味します。

 最後に、ユーザーコミュニティーです。別のユーザーと会話することで、実用的な学びを得られます。先人の知恵を借りて、生じるであろう障壁に対する準備ができます。

まとめ

photo 画像はイメージです(提供:ゲッティイメージズ)

 本章では、DAP導入の際のトップダウン・アプローチと、将来も考慮したボトムアップ・アプローチを説明しました。また、DAP業界全体像も示し、具体的にどのような観点でソリューションを選択すれば良いかを示しました。

 世の中のIT人材の7割が事業部門にいる欧米企業に比べ、国内のIT人材は7割がSIerに所属しており、事業会社で深刻なIT人材不足が起きています。自社の中で扱いやすい変革促進プラットフォームであるDAPは、活用の余地が大きいと考えます。

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