AIの急速な進化が、Z世代の若者たちがキャリアを積むためのエントリーレベル(初級者向け)の職を脅かしている――米LinkedInの最高経済機会責任者(Chief Economic Opportunity Officer)であるアニッシュ・ラーマン氏が、こうした懸念を表明している。
ラーマン氏は、AIの進出によって若年層向けの職務が失われつつある状況を、1980年代の製造業の衰退に例えて説明した。
米国では何百万人もの学生が卒業を迎えようとしているが、キャリアの出発点となる「最初の仕事」に就く見通しは、かつてなく厳しくなっている。
ラーマン氏によれば、関税による不確実性を背景とした景気減速に加えて、AIの進展が、これまで若手人材の登竜門とされてきたエントリーレベルの職を脅かしているという。ラーマン氏はこの状況を、1980年代に起きた製造業の衰退になぞらえ、若年層にとって深刻な構造的変化だと警告している。
「オフィスワーカーは現在、かつて製造業が直面したのと同じ種類の技術的・経済的な破壊にさらされている」──ラーマン氏は米紙『ニューヨーク・タイムズ』への寄稿でこう述べている。
「最初に壊れるのは、キャリアのはしごの最下段だ」と警鐘を鳴らす。
例えば、AIツールは、これまでジュニアのソフトウェア開発者が経験を積むために担っていた単純なコーディングやデバッグ業務を代替し始めている。法律業界や小売業界でも、かつて若手社員が担っていたタスクがAIに置き換わっている。さらに、ウォール街の金融機関では、初級職の採用枠を大幅に縮小する動きも報じられている。
一方でラーマン氏は、ここ数年、大学卒業者の失業率が他の労働者層よりも速いペースで上昇していることにも言及している。ただし、現時点ではAIがこの雇用低迷の直接的な原因であるという明確な証拠はないとも付け加えている。
とはいえ、企業がエントリーレベルの職を完全に廃止しているわけではなく、経営幹部の多くは今でも若手人材からの新たな発想や視点を求めているとラーマン氏は強調している。
またラーマン氏によれば、AIの導入によって一部の若手社員は、これまでより早い段階で高度な業務に携わることが可能になっているという側面もある。
しかし同氏は、現在一部の業界で起きている変化は、将来的に他の業界にも波及すると予測しており、特にオフィスワークが最も大きな影響を受けることになるだろうと指摘している。
「テクノロジー業界は、AIの大規模な導入を反映して最初の変化の波を受けているが、従来のエントリーレベル業務の喪失は、今後、金融、旅行、飲食、専門サービスといった分野にも広がっていくと予想される」(ラーマン氏)
ラーマン氏は、エントリーレベルの仕事を再構築するためには、大学がカリキュラム全体にAI教育を取り入れること、そして企業がジュニア職にもより高度な業務を任せることが必要だと提言している。
また、企業の一部ではすでに新たなAI時代に適応し始めている兆しも見られるという。
米Jasper.aiのティモシー・ヤングCEOは、米国のビジネス誌Fortuneのインタビューで、ダイアン・ブレイディ氏に対し次のように語っている。
「“知性のコモディティ化(一般化)”が進む今、最も頭の良い人を採用することよりも、社員にマネジメントスキルを育成することの方が重要になってきている」
また彼は「新人社員には大きな可能性があるが、過去と同じやり方ではその力を生かせない」と指摘し、採用時には「好奇心」と「レジリエンス」(回復力)を重視していると述べた。
米Indeedのクリス・ハイアムズCEOは、カリフォルニア州ダナポイントで開催された「フォーチュン・ワークプレース・イノベーション・サミット」において、「AIは仕事を完全に代替することはできない」と明言した。
しかし、Indeedの調査結果によれば、「全職種の約3分の2において、その業務の50%以上は、現在の生成AIが“ある程度”または“非常に”うまくこせる」という。
一方で、語学学習アプリの米DuolingoやフィンテックアプリのフィンランドのKlarnaは、かつて掲げていた「AIによる人間の業務代替」という強気な方針を最近になって後退させている。
一部の研究では、AIの導入が期待されたほどの成果を上げていない実態も明らかになっている。
例えば、IBMの調査によれば、AI関連プロジェクトのうち4分の3が、当初見込まれていた投資利益率(ROI)を達成できていないという結果が出ている。
また、全米経済研究所がAIの影響を受けやすい業界の労働者を対象に行った調査では、AI導入が賃金や労働時間に与える影響はほとんどなかったと報告されている。
シカゴ大学の経済学教授であり、前述の全米経済研究所による研究の共著者であるアンダース・フムルム氏は、Fortune誌の取材に対し次のように述べている。
「技術の可能性だけを“理論上”で見ていた場合に想像するほど、AIによる移行は大きくも速くもないようです」

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