日本政府観光局が10月15日に発表した2025年9月の訪日外国人客数は326万6800人。9月として初めて300万人を超え、1〜9月の累計では過去最速で3000万人を突破した。コロナ禍後の反動需要に加え、東南アジアや欧米からの訪日人気が高止まりしている。
急回復するインバウンド市場。政府は2030年に訪日客6000万人、旅行消費額15兆円の目標を掲げている。一方で、その道筋には「オーバーツーリズム」という課題も横たわる。
いかに副作用を抑えながら、観光業を発展させていくか――。そのために自治体や観光産業はどのような視点を持つ必要があるのだろうか。
いかに副作用を抑えながら観光業を発展させていくか――。写真は(右から)山野智久・アソビュー代表取締役CEO、加藤史子・WAmazing代表取締役CEO、大谷明・ひたちなか市長(提供:グロービス経営大学院)「何人の観光客が訪れたか、という数の指標はもちろん大事だが、どんな人が訪れ、どれだけ満足してくれたかという質の指標も重要だ」
グロービス経営大学院が7月に開いた講演会「観光・インバウンド最前線」。登壇した茨城県ひたちなか市の大谷明市長はこう訴えた。
2024年、約460万人の観光客が訪れた同市では、ゴールデンウィークや夏季に観光客が増え、交通渋滞やごみ問題が顕在化する一方、冬場は観光客が減少する。混雑期に観光客数をいかに抑え、閑散期にどう増やすかという難題に向き合っている。
大谷市長は、満足度や経済効果を測るには「国や県と連携したデータ整備が欠かせない」と指摘し、「ファクトベースで戦略を描くことが、質重視への転換の第一歩」だと話す。
同じく登壇した、訪日外国人向け旅行予約プラットフォームなどを手掛けるWAmazing(東京都台東区)の加藤史子CEOは、国が掲げる目標を分析し、数と質を両輪で高めることが重要だと指摘する。
「2030年に訪日外国人6000万人、消費額15兆円を目指すということは、1人当たり25万円を消費してもらう計算。観光庁によると2024年の訪日外国人の平均単価は22.7万円。客単価の引き上げが成長のカギになる」(加藤氏)
観光庁の資料によれば、日本に定住する1人当たりの年間消費額は約130万円。5〜6人の訪日客を呼べば、1人分の日本人の消費を補える計算だ。
「観光は間違いなく経済を支える産業になる。一方で、地域住民が不幸せになるような観光はサステナブルではない。だからこそ“住んでよし、訪れてよし”を両立することが重要」だと強調する。観光地だけが潤い、住民が疲弊するような構造では持続性がない。量と質を両立させるための「共生のデザイン」が問われている。
「質とは単価だと整理したほうがいい」。そう語るのは、観光やレジャーの予約サイトを運営するアソビュー(東京都品川区)の山野智久CEOだ。
「例えば東京国立博物館の入館料は1000円だが、仏ルーブル美術館は2600円くらいする。地方の名所では300円や400円の入場料も多い。公共施設のプライシングを適正化することが、質を高める第一歩だ」と山野氏は指摘する。
観光資源を“公共サービス”として安価に提供する発想から、価値に見合う価格を設定する発想への切り替えが重要だという。
山野氏は「価格を上げれば収益が生まれ、そこから産業投資や文化保全に回せる。観光が“稼ぐ仕組み”になるには、勇気ある価格設定が欠かせない」と強調する。
オーバーツーリズムを避けつつ観光産業を育てる鍵として、登壇者が口をそろえたのが「マーケティング」や「顧客理解」の重要性だ。
前職が広告代理店の営業マンだった大谷市長は、自身の経験を踏まえ「行政はどうしてもマーケティングとか、顧客や客単価といった視点から遠くなりがち。行政としても顧客を理解することが大切」だと語る。
大谷市長は「例えば訪日外国人は、日本に来て、真っ先にひたちなか市に来るわけではない。だいたい東京や京都、沖縄や北海道などを訪れたその後に来る」と指摘する。市としてこうした位置付けを理解した上で、「ファンからファンへ」と口コミが伝わっていく形を構築し、リピーターなどを呼び込めるかどうかがポイントだと捉える。
加藤氏も「自分たちの地域は、訪日外国人が1回目に訪れる場所なのか、2回目に訪れる場所なのか、といった自己認識を持つことはすごく大切」だと語る。
「初めて日本に来る人は東京や京都に行く。でも10回来る人は、地方の文化や自然、食を求める。どんな人に来てもらいたいかを定義し、その人に響く発信をすることが大切」(加藤氏)
観光地が東京などに集中するのではなく、全国に多様な「2回目の目的地」が広がれば、日本全体の魅力も底上げされる。マーケティングとデータ整備を軸に、地域が主体的に戦略を描くことが求められている。
「量」から「質」、そして「持続性」へ――。
「どれだけ来てもらうか」も重要だが、「どれだけ喜んでもらえるか」が一層、重要性を増している。その答えを地方から描けるかどうかが、日本の観光立国の未来を左右するといえそうだ。
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