自動車づくりの“日本回帰”を支えているのは?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(1/5 ページ)
かつて中国をはじめ海外に生産工場を作った日本の製造業が、再び日本でのモノづくりにシフトチェンジしている。自動車についてはいくつかの点で日本に強みがあるという。
一時期、日本のモノ作り産業の空洞化が危機感を持って叫ばれた。製造業の多くの分野で生産拠点の海外移転が相次いだ結果、このままでは国内雇用の維持が難しくなると言われていたのである。
しかし、この数年、製造業は国内へと回帰しつつある。最も影響を与えたのは中国の動向だろう。中国の法律では、日本企業が中国へ進出するには現地企業と合弁で立ち上げるしか選択肢がなく、かつ、持ち株比率が過半にならないように制限を受ける。
そのため中国に進出しても日本からのガバナンスがうまく働かない。日本企業は自社の都合で進出したにもかかわらず、中国国内企業としての都合が優先され、意思決定の系統が2つに分かれてしまった。このせいで経営が予想以上に窮屈になった。しかも問題の根元が経営の内部問題ではなく、限りなく中国国内ルールの問題なので、日本企業にとっては成す術がなかった。
さらに言えば、発展著しい経済状況を背景に労働力が完全な売り手市場であることから、中国人労働者のロイヤリティが低い。どこかに条件がいい会社があればすぐに移籍してしまう。雇う側から見れば、即戦力として心もとない上に、教育コストをかけて水準を上げようにも、人材が育つ前にその多くが流出してしまう困った状況であった。
日本の製造業空洞化が最も深刻に心配されたころ、中国の労働単価は日本の10分の1に過ぎなかった。当時はそんな諸問題を割り引いても中国での生産コストは魅力だった。潤沢な利益がさまざまな問題を解決したのである。逆に雇用を奪われる日本の立場で見ると、中国の経済発展によって人件費が日本の水準まで上がり、雇用コストで競合できるようになるのは絶望的に先のことに思えたのである。
日本を4連続で襲った経済危機
しかし、意外なほど早期に労働単価問題は軽減する。長引く不景気と、2008年から2011年にかけたサブプライムローン問題、リーマン・ショック、タイの洪水、東日本大震災という日本経済を波状直撃した経済ショックにより、日本の労働単価が驚くほど下落した。その理由は端的にモノが売れないこと。需要が経済ショックによって瞬時に縮退したからだ。
こうしたダイナミックな需要の変動は企業の長期計画経営を困難にさせる。何かが引き金となって、ある日突然モノが売れなくなる。そうした事態に対応しようと思えば、需要縮小に耐えられるように体質改善しなくてはならない。
経済ショックによる需要変動に対応した日本企業側は、雇用を非正規にシフトして需要変化に対する調整代を作り出した。もちろん非正規雇用については多くの議論があるが、とりあえずここでは善悪の判断は置いて、事実の経過のみを取り上げたい。
こうして日本の雇用コストが下落するのと相対して、中国の雇用コストはうなぎ登りに上昇し、徐々に「世界の工場」として中国でモノ作りをする意味が失われていく。
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