相次ぐ企業不祥事、アリストテレスならどう見る?:小林正弥の「幸福とビジネス」(3/3 ページ)
ビジネスにおいて「美徳」は必要なのだろうか? 最近相次いで起きている企業の不祥事を見ていると、その答えは「Yes」と言わざるを得ないだろう。
リーダーに必要な賢慮――成功への知恵
それでは、この両極の間のどこに美徳があるのだろうか? これを見分けて中庸を可能にするのが、「賢慮」という知的美徳の役割である。自然科学のような理論的知識とは違って、これは実践的な知恵を指すのじゃ(図2)。
その会得のためには経験が必要である。理論的な知識のように頭だけでは身に付けることはできず、実務や実践によって初めて修得できる。学校などでただ座って勉強するだけでは駄目で、幕末のときなら坂本龍馬のような志士たちが剣道を習ったように現場で体得することが不可欠なのじゃ。
だからこれを会得できるのは、ある程度の経験を積んだ人である。リーダーにこそ賢慮が必要なのである。大きな不正事件は、現場だけでできるわけではなく、社内のどこかの段階でその不正を黙認したか指示した人がいるはずだ。その人にこそ賢慮の美徳が欠けており、要するに愚かだったのである。
一流企業には学歴が高く、頭の良い人は多い。それでも不祥事が起こってしまうのは、頭が悪いからでは必ずしもない。現場で賢慮という賢さを培っていないからなのである。
自社の詐欺を容認するのは論外である。さりとて逆に馬鹿正直な社員ばかり育てては商売がうまくいかない。その間で正直という中庸の徳を社員に育むのが、賢いリーダーの知恵なのじゃ。
……それでは、本日はこの辺で失礼するとしよう。また会おうぞ!
アリストテレス流の知恵により成功を
こんなアリストテレス流の考え方なら、不祥事を防げるしビジネスも成功するのではないだろうか。およそ2400年も前の思想ながら、今でもそのまま通用することを知ると、驚くかもしれない。
美徳は本当の幸福を実現するために必要だと彼は説いている。不正事件の防止のためだけではなく、取引先や顧客からの信頼を得たり、社内で尊敬や評価を受けたり、仕事の方針を正しく決めたりするためには美徳が重要な役割を果たす。
しかしこれは今の学問ではあまり教えられていない。いくら大学などで勉強しても徳がない人がたくさんいるのは当たり前である。企業で不祥事が次々と起こるのはこのためでもあろう。
生き方に関するアリストテレスの思想は「ニコマコス倫理学」という著作にまとめられている。古典中の古典たるこの本では美徳に関する考え方が体系的に整理されており、こと徳に関しては今でもこの本を凌ぐ著作は現れていない。これはその教科書そのものなのである。しかも哲学者の本だけに理論的に書いてあり、若い人には「論語」よりも親しみやすいかもしれない。
有名企業の不祥事を見て同様のわざわいが自社に起こらないように、そして正しい発展が可能になるように日本企業は自らを省み、アリストテレス流の美徳を涵養(かんよう)したらどうだろうか。
著者プロフィール
小林正弥(こばやし まさや)
1963年生まれ。東京大学法学部助手を経て、2006年より千葉大学大学院人文社会科学研究科教授。1995〜97年、ケンブリッジ大学社会政治学部客員研究員。公共哲学・コミュニタリアニズムの研究を通じ、ハーバード大学のマイケル・サンデル氏と交流をもち、NHK教育テレビ「ハーバード白熱教室」で解説者を務める。
著書に『サンデルの政治哲学…<正義>とは何か』(平凡社新書)、『人生も仕事も変える「対話力」』(講談社+α新書)ほか多数。
『白熱教室入門』の講義の様子はこちら。
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