家電メーカー「アクア」の伊藤社長が業界の常識を破り続けてきたわけ:「全力疾走」という病(1/4 ページ)
「スター・ウォーズ」に登場するロボット「R2-D2」の移動式冷蔵庫、中身がまる見えのスケルトン洗濯機……。家電メーカー・アクアに伊藤嘉明社長が就任して以来、次々と画期的な商品が誕生している。その常識破りとも言える取り組みには伊藤氏自身の人生が色濃く反映されているという。
「スシボーイ、カモン」
さまざまな国籍の子どもたちが集うタイのインターナショナルスクール。体育教師が数人の日本人生徒を呼び止めた。他の生徒たちから笑いを取るための、軽いジョークのつもりだったのかもしれない。しかし日本人生徒らはそんなことで笑えるはずがなかった。
「言葉が通じないだけで、どうしてこんな扱いを受けないといけないんだ……」
生徒の一人は、腹の底から湧いてくる怒りを堪えるのに必死だった。一般的にタイに駐在する日本人の子女は、日本人学校で義務教育を受けた後、帰国して日本の高校に進学するか、現地のインターナショナルスクールに進学する。英語をほとんど話せないままインターナショナルスクールに進む日本人生徒たちは、周囲から見れば分かりやすい「よそ者」だった。
そのできごとからおよそ30年。当時の少年は今、日本で「家電業界の風雲児」として脚光を浴びている。アクア代表取締役社長兼CEOの伊藤嘉明(46)。二重橋前の内堀通りを一望できる東京・丸の内本社ビルの一室で、あの体育教師の一言が自らの生き方を変えたと振り返った。
アクア代表取締役社長兼CEOの伊藤嘉明氏。1969年、タイ・バンコク生まれ。米コンコーディア大学マーケティング学部を卒業後、オートテクニックタイランドへ入社。その後、再び渡米し、サンダーバード国際経営大学院ビジネススクールでMBAを取得。日本アーンスト・アンド・ヤング・コンサルティング、日本コカ・コーラ、デル、レノボ、アディダス・ジャパン、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントで要職につき、2014年2月から現職
「子どもの世界は大人の世界よりも残酷です。英語ができないというだけでひどい扱いを受ける。入学時に20人くらいいた日本人の同級生は皆、学校を辞めてしまいました。でも僕はその逆でした。『なにくそ』と思って、どんどん人前に出ていくようになったんです。元々やっていた野球に打ち込むだけでなく、『聖飢魔II』のコピーバンドを組んで顔を真っ白に塗ってステージに立つこともありました。その後、米国の大学に進んでからも、寮で夜通し行われる議論の中に積極的に飛び込んでいきました」
大学を卒業後、一度はタイの自動車メーカーに就職した伊藤は再び渡米して大学院でMBAを取得し、その後は日本コカ・コーラやデル、レノボ、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントなど、名だたるグローバル企業を渡り歩いた。業界や職種を問わない転職だったため、伊藤には常に「業界未経験の素人」というレッテルが付いて回ったが、いつでも必ず結果を残してきた。家電業界未経験の彼に白羽の矢が立ったのも、過去の実績を買われてのことだった。
「2013年6月ごろに、ヘッドハンターから『経営者として会社を建て直してほしい』というオファーがありました。調べてみると、その会社の経営状況はかなり深刻。周囲の誰からも、『絶対に行かないほうがいい』と忠告を受けていたくらいです」
伊藤が社長に就任したのは2014年2月。当時、アクアは「ハイアールアジア」という社名だった。白物家電の世界シェアで6年連続ナンバーワンを誇る中国の大手家電メーカー「ハイアール・グループ」が、旧三洋電機の冷蔵庫事業と洗濯機事業を約100億円で買収し、立て直しを図っていたが、旧三洋電機時代から15年も続く赤字経営から抜け出せずにいた。
そんな経営状況に加え、日本では既に斜陽とも言える白物家電業界での再生事業。茨(いばら)の道を歩むことは初めから分かりきっている。それなのになぜ、伊藤はハイアール アジアへの転職を決断したのか。
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