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東京下町の町工場が15年で取引先を120倍にできた理由(2/2 ページ)

減少し続けている東京下町の町工場。そうした苦しい時代の中でも取引先を15年で120倍に、売上を20倍に増やし、成長し続けている町工場ある。

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凝り固まった文化、風土を一掃して新しい挑戦を

 多くの町工場が姿を消していく中、浜野製作所が成長し続けられる背景には「凝り固まった文化、風土を一掃するための社員教育」の要素も大きいと浜野氏は語る。

 「同じ業界に15年、20年もいると考え方が固定化してしまう。しかも、職人の場合はそれが顕著に表れる。昔は納期さえ守っていれば大手企業の下請けとして安定的に仕事をもらえていたけど、今は違う。新しいチャレンジをしていかなくては生き残れない」(浜野氏)

 また、職人の技術が属人化されてしまっていることも問題視した。その職人が退職などでいなくなったとき、会社はその技術を失ってしまうからだ。

photo 浜野慶一氏

 職人の頭の中にある技術を見える化させ、社内の人材に継承する仕組みを作らなければならなかったが、当時の職人たちは「技術は教わるものじゃない。先輩の背中を見て覚えるものだ。自分たちはそうやって成長してきた」と反発していたという。

 そこで浜野氏は2003年、凝り固まってしまった文化、風土を浄化していくため、そして技術の見える化を図るためにインターシップ生を受け入れることにした。

 「社内では絶対に教えることがなかった頑固な職人でも、学生に聞かれたら答える。そして学生には職人が教えたことを一枚の紙にまとめさせた。今まで職人の頭の中から出てくることがなかったコツや工夫、視点が見える化された」(浜野氏)

 こうして職人が持つ技術を属人化させず、体系化したことで、その職人がいなくなった場合でも技術を継承できるようにしたのだ。それが高い技術力を維持することにつながっているのだという。

 また、その後は「下請け体質からの脱却」を目的に産官学連携のプロジェクトにも参画。世界初となる海底8000メートルまで潜れる深海探査艇「江戸っ子1号」の開発や、電気自動車「HOKUSAI」の開発を手掛けた。これらの新しい取り組みも社員教育の一環であるとしている。

 中小企業の場合、何か新しいことを始めるときは社長発信が多い。同社もそうだったが、こうした社員教育を通じて文化、風土が変わり、今では新たなプロジェクトを作っていくのも若いスタッフが中心。設備投資や、業務改善の提案も若手からどんどん出るようになったという。

 その一つが、子どもを対象とした職人体験プログラム「アウトオブキッザニア」。1人5000円を払えば、実際に現場で使う工作機械を使い、モノ作りを体験することができる。この取り組みは結果として取引先を増やすことにつながっているという。

 「子どもを連れてきた父親の中には、大手メーカーに勤めている人もいて、そこから仕事が生まれるケースも多い。アウトオブキッザニアを通じて、当社の設備、技術力、社員のこと、モノ作りに対する考え方などを知ってもらえるので、効果的な営業活動にもつながっている」(浜野氏)

 また、ベンチャー支援を行う新事業も生まれた。ベンチャー企業の商品開発を支援するモノ作り実験工場「ガレージスミダ」を2014年に設立。アイデアを持った若者に商品開発の実験の場として3Dプリンタやレーザーカッターなど最先端の技術を提供する。

 モノ作りの知識がない彼らに対し、ベテランの職人が開発、設計の段階からアドバイスも行い、同社はコンサル料などの報酬を得ている。この新事業が既に、会社全体の売り上げの1割を占めているそうだ。

photo ベンチャー支援を行うガレージスミダ
photo

 今、このガレージスミダには多くのベンチャー企業が訪れる。例えば、再生エネルギー事業を手掛けるチャレナジーの清水氏は、同社の施設を利用して従来の風力発電機によりも効率的な発電を可能にする「垂直軸型マグナス風力発電機」を開発中。従来型の風力発電機は、微風では回転せず、強風ではプロペラが折れてしまうという課題があった。清水氏は、職人のアドバイスを受けながら微風や強風にも対応できる風力発電機の実用化を目指している。

 首都大学東京の学生、嘉数氏も電動で動く「EVネコ台車」の商品化を目指し、ガレージスミダに通っている。こうしたベンチャー支援の取り組みが話題となり、全国から訪れる工場の見学者は年間で1万人を超えるという。

 「墨田区内の他の工場とも連携し、さまざまな要望に応えられるようにしている。商品化につながれば、他の町工場にも仕事が生まれ、墨田区全体の底上げにもなる」(浜野氏)

 新しい取り組み、挑戦の積み重ねによって徐々に取引先を増やし、道を切り開いてきた浜野氏。今後の目標については「『下請けの町工場』というイメージを変えていき、町工場で働きたいという若者を増やしていきたい」と語った。

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