軽自動車の歴史とスズキ・ワゴンR:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/4 ページ)
スズキは、軽自動車の中核モデルであるワゴンRのフルモデルチェンジを行った。今回は軽自動車の歴史をひも解きながら、スズキの歩みを振り返ってみたい。
ワゴンRの登場
次のきっかけになったのは1990年の道路運送車両法改正と、消費税導入に伴う物品税の廃止だ。アルトの節税作戦は物品税廃止とともに効力を失う。加えて、軽自動車規格が変更された。スズキはここで発想を再度逆転させる。660ccへの排気量拡大とボディ全長の10センチ拡大をにらんで新しい最適解を導き出した。それこそが1993年に登場したワゴンRである。ワゴンRは大ヒットモデルとなり、軽自動車全体の流れを商用車から再び乗用車路線に変更するとともに、フル4シーターのスペースユーティリティ中心の商品へとシフトさせた。
全長3.3メートル、全幅1.4メートルの限られたサイズの中で空間を広げようと思えば、上に伸ばすしかない。そこで乗員をアップライトに座らせるとともに車高を従来の常識を覆す高さに引き上げて居住空間を広げ、乗降性を高めた。今から考えると不思議でも何でもないが、軽自動車がアルトのようなタイプばかりの時代である。車高を上げて見せたところに世間はあっと驚いた。これよって副次的に多用途制も広がることで、軽自動車の利便性が激変し、快進撃がここからスタートしたのだ。
しかし、次の先手を打ったのはダイハツだった。ワゴンRムーブよりさらに背の高いタントを発売し、「子どもの送り迎えに立てたまま自転車が積めます」を訴求ポイントにした。これにスズキも追従し、タントの対抗馬となるパレットをリリース。現在では後継車のスペーシアとなっているが、車高別に3つの基本ラインを構築した。一番低いアルト、中間的な高さのワゴンR、そして最も高いスペーシア。これはダイハツでも同様に、ミラ、ムーブ、タントで構成されている。これが現在の軽自動車マーケットの基本構図である。
さて、ワゴンRは、誕生以来5年ごとにモデルチェンジを行い、それぞれの時代に対応する進化を遂げてきた。
2012年には元々北米で実施が進んでいたCAFE(Corporate Average Fuel Economy:企業平均燃費)規制が、欧州や中国にも広がり、世界中の自動車メーカーが一斉にエンジンを刷新せざるを得ない状況になった。従来規制との最大の違いは、単一車種の燃費だけでなく、それに台数を掛け合わせて総合計した企業全体での平均燃費が求められる点だ。これにより「車種によっては、ユーザーが燃費を求めないので、燃費が多少悪くてもOK」という判断を企業側はできなくなった。
そうした世界的な流れに鑑みて、スズキは本来のモデルチェンジサイクルを1年前倒しにしてエネチャージやアイドルストップなどの低燃費システムを搭載した新時代の省燃費カーへとシフトしていく。
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