値下げで増収? ある第三セクターの緊急対策:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/4 ページ)
経営努力をしても減らない赤字を自治体の補助でなんとかクリアする。多くの地方鉄道事業者の実情だ。できることなら運賃を値上げしたいはず。ところが、富山県の鉄道事業者が一部区間で運賃を値下げした。その特殊な事情とは……。
杉山淳一(すぎやま・じゅんいち)
1967年東京都生まれ。信州大学経済学部卒。1989年アスキー入社、パソコン雑誌・ゲーム雑誌の広告営業を担当。1996年にフリーライターとなる。PCゲーム、PCのカタログ、フリーソフトウェア、鉄道趣味、ファストフード分野で活動中。信州大学大学院工学系研究科博士前期課程修了。著書として『知れば知るほど面白い鉄道雑学157』『A列車で行こう9 公式ガイドブック』、『ぼくは乗り鉄、おでかけ日和。 日本全国列車旅、達人のとっておき33選』など。公式サイト「OFFICE THREE TREES」ブログ:「すぎやまの日々」「汽車旅のしおり」、Twitterアカウント:@Skywave_JP。
4月から値上げになったもの。電気料金、ガス料金、各種保険料、航空会社の燃油サーチャージ、煙草の一部、小麦粉、乳製品など。そう言えば、郵便受けに6月1日から郵便料金の一部も値上げするというお知らせが入っていた。年賀郵便以外のハガキは52円から62円に。定形外郵便は新たに規格外料金が設定されて、実質値上げだ。
定形外郵便の規格内と規格外とはややこしい。既存の規則と区別できるようにと新しい規則を作っていくうちに、料金体系が複雑になっていく。まるで鉄道運賃のようだ。郵便よ、オマエもか。
ところで、鉄道運賃のややこしさを象徴するような事例が起きた。4月14日、富山県の「あいの風とやま鉄道」が、一部区間の運賃値下げを発表した。実施は翌日から。これは異例だ。通常、運賃改定は周知期間を置くものだ。鉄道運賃の値上げは国に認可申請する必要があるため、もっと早く公表する事例が多い。
公共交通機関の運賃値上げは「上限運賃の認可申請」という形になる。つまり、この路線は最高でこのくらいの運賃をいただきたい、と申請する。国は、その運賃が適切かを審査する。似た環境の鉄道事業者の経費などを把握しており、経営努力なしの値上げは認められない。ただし、値下げはこのような緊急対応が可能だ。認可を受けた運賃は上限だけだから、上限を超えない限り任意に設定できる。
生活関連品目が値上げされる中で、鉄道利用者にとって運賃の値下げはありがたい。しかし、「あいの風とやま鉄道」と言えば、北陸新幹線の金沢延伸開業に伴って誕生した第三セクター鉄道だ。富山県が主体となって設立され、営業区間は旧北陸本線の倶利伽羅(くりから)〜市振の東西方向で約100キロメートル。西側は石川県の「IRいしかわ鉄道」に接続し、東側は「えちごトキめき鉄道」に接続する。どちらも基はJR西日本の北陸本線だった。石川県、富山県、新潟県の会社に分割されたわけだ。
地方鉄道、特に並行在来線は経営条件が厳しい。幹線として作られた設備の維持負担が大きい上に、ドル箱だった特急列車は廃止された。だから「あいの風とやま鉄道」も経営の厳しさに音を上げて値上げしたい……と、ダジャレを書いている場合ではない。しかし、今回の値下げによって、実は増収になるかもしれないから、こちらも話はややこしい。
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