命を懸けて鉄道の未来を築いた時代を描く『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』:杉山淳一の「週刊鉄道経済」(1/5 ページ)
鉄道人情を描く漫画家、池田邦彦氏の最新作は、実在の人物である島安次郎が主人公。島は鉄道の可能性を信じ、国家の骨づくりとして取り組み、奔走した。彼を取り巻く人物や環境を通じて、日本の鉄道史と働く人々の姿が浮かび上がる。作者インタビュー後編。
漫画『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』は、鉄道国有化が本格化した明治時代後期から始まる。主人公は鉄道技師であり官僚でもある島安次郎と、天才機関士の雨宮哲人。2人の出会い、反目と理解を通じて、誰も知らなかった鉄道史が明らかになる。前回に続き、鉄道人情を描く漫画家、池田邦彦氏のインタビュー後編をお届けする。
仕事に命を懸ける、ということ
―― 『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』1巻で、ランプ係の事故に関するエピソードが印象的でした。主人公の島安次郎は安全第一、天才機関士の雨宮哲人はダイヤ厳守。どちらが正しかったか。ランプ係の考え方が、いまの感覚からすると衝撃的でした。雨宮はその気持ちを理解できた。いま、鉄道に限らず、こんな仕事観、責任感で働く人はいるのかなあと。
池田: 私も若い頃は、こういう「命がけ」という気持ちは分からなかった。でも、鉄道弘済会の成り立ちを知って、殉職とか遺族とか、鉄道では当たり前にあった時期があるんだな、って思いました。
―― 鉄道弘済会は国鉄の駅の売店などを運営する組織でしたね。主に殉職した鉄道員の家族を雇用する方針でした。現在は営利部門を切り離して、福祉目的の公益財団法人として活動されています。でも、発足としては殉職を前提とした鉄道システムが背景にあったんですね。
池田: 「家族の面倒は見てやるから安心して死んでくれ」と。もちろんはじめに「危険な仕事だよ、だから気を付けろよ」と教わる。だけど、どうしても危険を避けられないときには「後のことは心配するな」です。それが制度化されていた時代だったから、あのランプ係や雨宮哲人のような考え方の人もいたんじゃないか。
―― むしろこういう後ろ盾があった方が、安心して仕事に取り組めて、楽しく過ごせる。危機と背中合わせという意味でやりがいもある。
池田: 死んでもいいんだ、と教わったわけではないけれど、働くうちにこの境地に到達するってことはあるかもしれないな、と。
―― つい最近も、テレビ局の記者さんが過労死ってニュースがありましたね。私の会社員時代を振り返ると、定時出社して、終電を逃してタクシーで帰って、それでも定時出社して、でも残業代は付かない。現在の風潮からするとブラック企業です。まあ、当時の残業代を請求したくても会社がなくなっちゃったんですが(笑)。でも当時、自分自身は仕事が楽しかった。仕事が楽しかったり、やりがいがあったり、そういう気持ちが勝ってしまうと、体力が弱っていても気付かない。これが本当は危ない。
池田: 乱暴な言い方をすると、当時の人生って50年くらいじゃないですか。そうすると、その間を燃えて走り抜けた方がいい、って考え方はあったかも。みんながそうではなかったと思いますが。そういう時代の始まりが『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』であり、終わりが『カレチ』だという感じですかね。
―― 『カレチ』に関しては、巨大な制度、組織が終わっていく哀愁というか、良き時代の終わりというか。
池田: 結果的にそうなっちゃいました。本当はもっとホノボノとした話にしていこうと思ってました(笑)。
―― 史実として国鉄が滅んでしまいましたからね。登場人物も運命を共にしていただくしかない。そういう意味では、『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』の世界は、ここから鉄道が発展していくという意味で、未来を感じるし、希望も詰まっているような。
池田: 問題は山積しているけれど、これからだ! ってね。
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