地域医療の「脱中央集権化」:欧州では議論進む(7/7 ページ)
広域自治体に医療政策の権限を移譲したスウェーデンなど、欧州では「脱中央集権化」が進む。もちろん海外の事例をダイレクトに輸入してもうまくいくとは思えないが、地域医療構想の推進に役立つ側面はある。
地方分権改革との親和性
以上、「脱中央集権化」というキーワードに着目しつつ、地域医療構想への応用を考察したが、ここでの指摘は必ずしも目新しいわけではない。例えば、地方分権改革との親和性である。地域の課題を自ら解決するコンセプトについては権限や税源を自治体に移す地方分権改革でも論じられてきた。
具体的には、93年の国会決議を経て、国の事務を自治体に代行させる「機関委任事務」の廃止に加え、小泉純一郎政権期の三位一体改革では4兆円の補助金改革と3兆円規模の税源移譲が実現した。
しかし、医療・介護に関して自治体側は忌避してきた経緯がある。具体的には、三位一体改革で全国知事会など地方六団体が補助金改革案を作成した際、高齢化で負担が増えると目されていた医療・介護分野は避けられた。
その意味では、これまでとはまったく異なる文脈、しかも地方側が望んでいなかった医療(及び介護)分野で地方分権改革の趣旨が問われるのは皮肉な結果と言えるかもしれない。
さらに、行政学の文脈で考えると、地方分権改革は都道府県という統治機構の権力を強化することにとどまらない。一般的に行政学では「地方自治」を「団体自治」と「住民自治」に区分しており、前者は「自治体の自律的領域(の拡充)」を目指す自治体に対する権限移譲であり、「国から自治体に多くの権限を移譲することによって自治体の仕事の範囲を広げ仕事量を増やすこと」「自治体による事務事業執行に対する国の統制を緩和すること」、後者は「住民が自治体の運営に日常的に参加し、住民の総意に基づいて自治体政策が形成・執行されるように仕組みを変革していくこと」とされている(※17)。
これを地域医療構想に当てはめると、地域の課題を地域で解決することを目指し、都道府県知事の裁量と責任を拡大した点は医療行政に関する都道府県の団体自治の強化と言えるが、団体自治と住民自治の考え方に沿うと、地域の提供体制について、住民を含めて幅広い意見が反映されるシステムにしなければ、団体自治は積極的な意味を持たないことになる。
確かに地域医療構想の推進では、最終的に民間医療機関の経営判断に関わる部分が大きくなるため、住民の意向だけで提供体制を左右できないのは事実だが、調整会議への住民代表の参加や住民向け説明会の開催、住民や現場の専門職を交えた小規模なワークショップの開催、調整会議の議事・資料公開などを通じて、きめ細かく住民の意見を聴取したり、情報共有したりする地道な取り組みが求められる。
先に触れた脱中央集権化のメリットに照らすと、移譲された権限や責任を活用しつつ、自治体が住民を含めた幅広い関係者の参加を進めなければ、自治体に移譲された権限や責任は「無用の長物」と化す。
※17 西尾勝(2007)『地方分権改革』東京大学出版会 pp241-253。
医療計画創設時点の論議から考える
以上、地域の医療提供体制構築に向けた対応として、民間医療機関との合意形成が重要になる点を論じるとともに、欧州諸国で重視されている「脱中央集権化」という言葉をキーワードにしつつ、(1)ケアの統合、(2)ヘルスケア領域を超えた部門間の連携、(3)住民を含めた幅広い関係者の参加――が重要になる点を指摘した。
実は、こうした合意形成の重要性については、85年度に医療計画制度が創設された当時でも論じられていた。主に行政担当者向けに出版された書籍では、「(筆者注:日本の医療制度は民間が大半を占めているため、医療計画は)関係者の合意した努力目標に近い性格をもつ。良い計画に近づけ、実行し、評価していくには、関係者の主体的な参加が必要条件となる」と指摘されている(※18)。
さらに、当時の日本医師会長の書籍でも「医療計画は都道府県の医師会が自主的に行政と協議のうえでつくっていくべき」との記述がある(※19)。
日本の医療提供体制が民間主導である以上、この点は時代を超えても変わらない論点である。地域の合意形成に向けた都道府県の積極的な対応を期待したい。
第3回は「医療軍備拡張競争」(Medical Arms Race)をキーワードにして、地域医療構想の推進に関する都道府県のあるべきスタンスを考察したい。
※18 郡司篤晃監修(1987)『保健医療計画ハンドブック』第一法規 pp9-10。
※19 羽田春冤(1987)『現代の医療』ベクトル・コア pp72-73。
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