2017年 試乗して唸った日本のクルマ:池田直渡「週刊モータージャーナル」(4/4 ページ)
2017年も数多くのクルマがデビューしたが、全体を振り返ると日本車の当たり年だったのではないかと思う。改めて筆者が特に心に残ったクルマ4台のクルマをデビュー順に振り返ってみたい。
スイフト・スポーツ
9月の試乗会で乗ったのはスズキのスイフト・スポーツだ。正直なところ、ベストスイフトはハイブリッドで決まりだろうと思っていた。スイスポは有り体に言って遊びグルマだし、好きな人が勝手に買うものであって、今回のような企画で推薦する意味がないと思っていたのだ。
しかし、クルマの出来がそれを上回っていた。昨今のホットハッチはもはや目指す先がスーパースポーツ路線であり、庶民には到底手の届かない価格で、公道では使い道がないほどの高性能を与えられたクルマばかりが目立っている。スイスポがそれらのクルマと一線を画しているのは、「ちょっとそこのコンビニまで」という普段使いにも心理的抵抗ゼロで乗り込めるフレンドリーさがあるからだ。乗り心地もスポーツグレードとしては穏やかな部類に入るだろう。
一方で、スポーツ性に関しても極めて良い勘所にセッティングしてある。普通の人が社会常識の許す範囲で安全に楽しめるラインを作り手が分かっている。それを「ぬるい」と理解しようとしているなら間違いだ。そうではなく絶妙なのだ。クルマを走らせる喜びとクルマを走らせる苦痛。長く、気軽に楽しめることを前提にしたらこれ以上はいらない。もっと言えば邪魔になる。本気過ぎて気疲れして、乗らなくなってしまう。
これを読んでいるおじさん読者たちの中で、その昔、峠道に日参していた人たちは1度だまされてディーラーで試乗してみるべきである。たった190万円でこんな楽しいおもちゃが手に入ることに感謝したくなるだろう。
念のために書いておくが、欠点はある。パワステの戻し側のトルクを盛りすぎていること。ステアリングとペダルのオフセットがあること。シートの骨盤前後保持能力が足りないこと。ステアリングが丸くないこと。メーターを含めた内装デザインがうるさいこと。しかし、走ってみてその圧倒的な明るさと楽しさに触れると「そのくらいなら我慢できる」ときっと思うだろうけれど。
ここに挙げた4台のクルマはどれも筆者自身が欲しいと思うクルマだ。そして日本車もここまで来たかと誇らしくなるクルマたちでもある。正直な気持ち、こんなに良くなるとは思ってなかった。80年代の終わりから、日本車は足踏みをしているように見えた。特に90年代から始まったグローバルな情勢や法律などによって、兎にも角にも燃費命という時代がようやく終わるのかもしれない。
ここしばらくで試乗したクルマは、今まで自動車メーカーがないがしろにしてきた過渡領域の能力向上に努力が払われていると強く感じる。微舵角操作に対する遅滞なく適量な車両の反応。その舵角を増やしていったときに戸惑わない自然なふるまい。あるいはアクセルをわずかに踏んだときも同様だ。わずかな速度のアップを、操作から遅滞なく適量行えるか。ガーンと切ったらすごく曲がるとか、ドーンと開けたらすごい加速とかそんな絶対値の勝負ばかりだった。
調理用コンロの宣伝でも「強力な火力」というアピールは聞くが、「細かい火加減の調整が正確にできます」という話は聞かない。料理をする人なら知っていると思うが、最大火力なんてまず使わない。なのに宣伝はいつも最大値の話ばかりして、自在かつ正確に調整できる能力を置き去りにしてきた。クルマも全く同じだ。日本車が世界で確固たる地位を築いてからも、それらは改善される様子もなかった。それが今変わり始めた。2017年は日本車が大きく進歩しそうな、その先駆けとなりそうなクルマがデビューした年だった。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
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