燃料電池は終わったのか?:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/4 ページ)
2014年末にトヨタが世に送り出したMIRAIだが、最近話題に上ることは少なくなった。「燃料電池は終わった」とか「トヨタは選択を間違った」としたり顔で言う人が増えつつある。実のところはどうなのだろうか。
トヨタの戦略
トヨタは今、多くの選択肢を余さず抱えて走っている。ZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)規制や、NEV(ニュー・エネルギー・ビークル)などが定められ、事実上のEV生産台数基準がある中国や北米などの地域には目標台数を達成するためのEVを開発中だ。そのほかの地域ではひとまずEVをシティコミューターに位置付ける。航続距離に不安のあるEVは、用途を都市内交通向けに限れば既に十分実用的である。30年までにEVを年産100万台まで持っていくとトヨタはアナウンスしている。
一方で、CAFE(カンパニー・アベレージ・フューエル・エコノミー)規制のある国に対しては、別のアプローチが必要だ。企業平均燃費の規制なので、EVがいくらゼロエミッションだとしても台数が少なく、自社全販売台数の平均燃費を下げるには至らない。CAFEをクリアするには台数のハケるハイブリッドしかない。こちらは30年までに450万台を見込む。ハイブリッドのシステムももっと多様化するはずである。
EV100万台とハイブリッド450万台。これを実現するにはバッテリーの調達がネックになる。それをクリアするためにトヨタはパナソニックと提携してバッテリーを確保した。数字のいちいちにこういう裏付けがある現実的な部分がトヨタの強みであり、調達の話など何も考えずに内燃機関中止と騒ぎ立てた欧州とはスタンスが違う。
さて、燃料電池はどうなるのか。確かに乗用車用としてはまだ当分難しいだろう。700気圧という超高気圧の水素はその気体としての圧力自体が高リスクである。水素が燃えるかどうかは関係ない。体積あたりの熱量ならガソリンの方が遥かに危険だ。高圧が問題なのだ。輸送−給油(水素だが)−車両のメインテナンスのすべてにそのリスクは付きまとう。トヨタは一体それをどう解決しようとしているのか?
トヨタが今、水素の未来として描いているのはプロユースである。工場内のフォークリフト、建設現場の重機、トラック、バスなど、給油や整備の拠点が決まっており、そこにだけインフラがあれば成立するものであれば、全国にインフラを張り巡らせずとも運用できる。しかも輸送も給油もメインテナンスも機械自体の運転もすべてプロが行う。リスク管理の難易度は低くなる。
また、これらのプロツールは稼働すべき時間に止まっていることが許されない。充電時間が長いEVには向かない。むしろそこにアドバンテージのあるFCVに向いている。
実は製鉄や石油精製の過程で副生水素が大量に発生している。その量は400万台のクルマを稼働させるレベルだ。これが現在は無駄に捨てられている。これらをうまくエネルギーとして生かせば大きなメリットがあるのは言うまでもない。
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