交通事故で誰も死なない社会に:池田直渡「週刊モータージャーナル」(3/3 ページ)
1970年に1万6765人と過去最高を記録した交通事故死者数は、2017年には3694人と激減した。これは自動車の安全技術と医療技術の進歩によるところが大きい。しかし、本当は死亡者ゼロこそが理想なのである。今なお自動車メーカー各社はそのためにさまざまな技術を開発し、数多くの安全システムをクルマに搭載しているのだ。
未来への課題
このように「D-Call Net」は明らかに有用なシステムだが、15年11月から試験運用が始まったばかりでまだまだ解決すべき問題が多い。現在まで「D-Call Net」によってドクターヘリが現場に駆けつけた例は1件のみである。しかしそのケースでは、着陸準備がなかなか整わず、ヘリは現場上空到着後17分も待機を余儀なくされた。現場の慣れの問題もあるだろうが、一刻を争う状態を考えれば早急に改善していかなくてはならない。
取材に対応していただいた日本医科大学 千葉北総病院の医師、本村友一氏に、今最も望んでいることは何かを伺ってみた。「何よりも望むことは現場の直近にすぐ着陸できることです」と言う。すでに述べたようにヘリの着陸時には、大量の砂塵が飛ぶ、近隣の洗濯物が汚れたり、クルマに石が跳ねて傷ついたりもする。現状ではそれらを全て未然に防ぐ手立てを打たないと着陸できない。
あるいは法律的には可能とされている高速道路への着陸も、そもそも基準を満たす道幅がなかったり、渋滞を引き起こすことが問題になり着陸できないケースが多い。
ドイツで同様の勤務経験がある本村医師によれば「あちらでは明日は我が身という考えがあるので、そういう不利益を許容する社会になっているんです」と言う。
日本は世界屈指の救急体制を持つ国なのだが、まだまだドクターヘリがどう運用されているか、何が解決すると人命がもっと救えるかという点で国民への情報周知が圧倒的に不足している。また、省庁による縦割り行政で不可能になっていることも多い。
例えば、トヨタはステアリングにセンサーを取り付けて人体の状態をモニターできる装置をすでに先行開発しているが、何と薬事法に抵触するという理由で、搭載が見送られている。未発売の装置なので詳細は不明だが、例えば、血圧や脈拍、酸素濃度などをウエアラブルセンサーなどでチェックすることは技術的には決して難しくない。もちろん医療用に準拠する高精度を求めれば難しい面はあるだろうが、それでも生死の境目の事故を考えれば、参考にできるデータがあるとなしでは大違いだろう。そうした機能を搭載したスマートウォッチはいくらでもあるのだ。
仮にこれらが「D-Call Net」と連動して情報を医師に送ることができれば、緊急度予測の精度向上に大きく貢献するはずだ。
日本は今、あらゆる場面で、国全体の総合力が問われている。あるべき国の姿を明確に描いて、医療、産業、行政が一体になって改革を進めていかねばならない。
筆者プロフィール:池田直渡(いけだなおと)
1965年神奈川県生まれ。1988年企画室ネコ(現ネコ・パブリッシング)入社。取次営業、自動車雑誌(カー・マガジン、オートメンテナンス、オートカー・ジャパン)の編集、イベント事業などを担当。2006年に退社後スパイス コミニケーションズでビジネスニュースサイト「PRONWEB Watch」編集長に就任。2008年に退社。
現在は編集プロダクション、グラニテを設立し、自動車評論家沢村慎太朗と森慶太による自動車メールマガジン「モータージャーナル」を運営中。
関連記事
- 世界が知らない“最強トヨタ”の秘密 友山副社長に聞く生産性改革
トヨタがレース活動を通じて働き方改革を推進する理由。トヨタGRカンパニーのプレジデントである友山茂樹副社長へのインタビュー取材によって、なぜそんな大胆な改革が可能なのかを究明した。 - 変化と不変の両立に挑んだクラウン
トヨタのクラウンがフルモデルチェンジした。すでにクローズドコース試乗で高負荷域の「クラウン離れした」仕上がりを体験し、その激変ぶりをインプレッションに書いたが、今回改めて一般公道での試乗会が開催された。クラウンのクルマとしての真価はいかに? - 次のクルマは「自動運転」になるのか?
「自動運転車っていつごろ商品化されるんですか?」という質問をよく受ける。これにスカッと答えるのはなかなか難しい。条件分岐がいっぱいあるのだ。今回は自動運転の現実的な話をしよう。 - クルマのコモディティ化と衝突安全
ここのところ繰り返し書いているテーマの1つが、「クルマはコモディティ化していく」という安易な理解への反論だ。今回は衝突安全の面からこの話をしたい。 - 日産とスバル 法令順守は日本の敵
完成検査問題で日本の自動車産業が揺れている。問題となっているのは、生産の最終過程において、国土交通省の指定する完成検査が無資格者によって行われていたことである。これは法令順守の問題だ。ただ、そもそもルールの中身についてはどこまで議論がされているのだろうか。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.