間違った方向に行きかけたとき、プロジェクトを止める勇気を持てるか――「東証を変えた男」が考えるリーダーシップの形:日本郵便の専務が語る(1/4 ページ)
今やビジネス課題の解決に欠かせない存在となっているIT。この「ビジネスとITをつなぐ」かけはしの役割を担うリーダーになるためには、どんな素養、どんな覚悟が必要なのか。
この対談は
クラウド、モバイル、IoT、AIなどの目覚ましい進化によって、今やビジネスは「ITなしには成り立たない」世界へと変わりつつあります。こうした時代には、「経営上の課題をITでどう解決するか」が分かるリーダーの存在が不可欠ですが、ITとビジネスの両方を熟知し、リーダーシップを発揮できる人材はまだ少ないのが現状です。
今、ITとビジネスをつなぐ役割を果たし、成功しているリーダーは、どんなキャリアをたどったのか、どのような心構えで職務を遂行しているのか、どんなことを信条として生きてきたのか――。この連載では、CIO(最高情報責任者)を目指す情報システム部長と識者の対談を通じて、ITとビジネスをつなぐリーダーになるための道を探ります。
日本郵便 専務執行役員 CIO 鈴木義伯氏プロフィール
NTTデータ社で金融関係のシステム開発に従事。主に地方銀行の基幹系を中心に企画・開発、運用まで一連の作業を経験した。2006年2月東京証券取引所のCIOに就任した。株式証券取引システムarrowheadの企画開発を進め高速取引を実現し、株式取引の流動性向上に貢献した。2017年4月から現職。
クックパッド コーポレートエンジニアリング部 部長 / AnityA 代表取締役 中野仁氏プロフィール
国内・外資ベンダーのエンジニアを経て事業会社の情報システム部門へ転職。メーカー、Webサービス企業でシステム部門の立ち上げやシステム刷新に関わる。2015年から海外を含む基幹システムを刷新する「5並列プロジェクト」を率い、1年半でシステム基盤を構築し直すプロジェクトを敢行した。2018年、AnityAを個人として立ち上げ、代表取締役に就任。システム企画、導入についてのコンサルティングを中心に活動している。システムに限らない企業の本質的な変化を実現することが信条。
バブル崩壊で危機的状況に陥った地方銀行を束ね、システム開発を大幅に効率化した「地方銀行の勘定系統合プロジェクト」を成功させ、システム障害で危機にひんした東京証券取引所のシステム刷新を成し遂げた、CIO(Chief Information Officer:ITとビジネスをつなぐ役割を担う情報システム部門担当役員の名称)のプロ中のプロ、鈴木義伯氏。
現在、日本郵便の専務CIOとしてビジネスとITをつなぐ役割を担っている同氏に、クックパッドの情シス部長、中野仁氏が、“変化の時代を勝ち抜くためのリーダーシップと覚悟”について聞いた。
- “東証を変えた男”が語る、金融業界の伝説「arrowhead」誕生の舞台裏――“決して落としてはならないシステム”ができるまで(前編)
- 日本郵便の“戦う専務”が指摘――IT業界の「KPI至上主義」「多重下請け構造」が日本を勝てなくしている(中編)
間違った方向に行きかけたとき、プロジェクトを止める勇気を持てるか
中野: これまでの鈴木さんのキャリアを振り返ったとき、最もチャレンジングだったお仕事はやはり東京証券取引所のarrowheadプロジェクトでしょうか。地方銀行のシステム統合プロジェクトに加え、こちらも金融業界では知らない者はいない伝説のプロジェクトです。世の中の大バッシングの中、「決して失敗できない」という、とてつもない切迫感がある案件だったと思います。
鈴木: そうですね。それまでの株式売買システムの応答時間は3秒でしたが、これを1000倍高速化して3ミリ秒まで縮めました。かなりハードルが高い目標を掲げたのですが、それによって技術力は上がりましたし、挑戦やリスクを恐れなくなりました。
中野: 高い目標を実現するためには、企業文化を変えていく必要もあったと思いますが、その際に一番大変だったのはどこですか?
鈴木: 実は一番きつかったのは、社内のことより「世間の目」でしたね。当時はメディアを通じてかなりバッシングを受けて、「いつになったら成果を出せるのか?」という厳しい監視の目が注がれていたわけだから。そんな中、「失敗が許されない」というプレッシャーのもとで“落とすわけにはいかないシステム”を作らなければいけないし、成果も出さなければいけない状況というのは、かなりきつかったですね。
中野: そんな大きなプレッシャーの中、確実に成果を出すために具体的にどんなことをされたのですか?
鈴木: 一言で言えば、「システム開発の王道に帰った」ということです。つまり、前工程で徹底して品質面を作り込んだのです。要件定義や基本設計にお金と時間をかけて、後工程のテストはもう単に確認するだけ。そういうシステム開発の王道を徹底したのです。
実を言うと、プロジェクトの途中で進捗が怪しくなってきたことがあったんです。その時も、ごまかしながら進むのではなくて、工程を2カ月間完全に止めて、その間に過去のいきさつを振り返ってあらためてやるべきことをきちんと整理し直しました。そうやってチームを再生して、2カ月後にまた再スタートさせたのです。
中野: これだけ重要なプロジェクトを「2カ月間も完全に止める」という決断は、やはり経営でないとできないですね。部長クラスではとてもこのような決断は下せません。執行役員だからこそ、CIOだからこそできる決断ですね。
鈴木: この判断は私自身の責任の下で行いましたが、西室泰三さん(当時の東京証券取引所 社長)の了解を直接得て、全て任せてもらっていたからこそ可能だったわけです。
中野: 確かに、品質を上流工程できっちり作り込むというのは、ウオーターフォール型開発(要件定義から設計、構築、テストまでの作業工程を時系列で順序立てて行う開発手法)の基本中の基本です。早い段階で業務課題やアーキテクチャ要件(システムを設計する上での思想を満たすための要件)などをきちんと整理しておかないと、小さいシステムならいざしらずarrowheadのような超巨大システムの開発プロジェクトは成り立ちませんよね。
鈴木: ですから、要件定義が終わらないうちは、絶対に次の工程には進みません。開発プロセスをエンタープライズアーキテクチャ(EA:企業のビジョンや目的を実現するために、組織構成や情報システムのあるべき姿、各部門の業務内容と連携の状況などといった要素を見直し、全体最適の視点で最適化する手法)でしっかりと標準化した上で、それをきちんと守らせるということですね。
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