映画製作現場で“残業”を160時間削減 「監督秘書」の仕事術とは:有名スクリプターに聞く(3/3 ページ)
スクリプターとして映画制作に携わる田口良子さんは、1本の映画にかかる作業時間を160時間も短縮したという。プロフェッショナルの仕事術を聞いた。
ブラックな仕事がiPad Proで激変
撮影期間中は朝から現場で監督に寄り添い、その日の撮影が終わっても、編集部に送るための指示書を作成する作業や、翌日の撮影に向けた予習が残っている。以前はほとんど眠る時間がないということも珍しくなかった。しかし、現在は台本や撮影リスト、絵コンテ、衣裳香盤など、必要なデータを全てペーパーレス化することで、1日2時間から3時間かかっていた作業を30分程度に圧縮したという。
「昔は台本を2冊用意して、現場で取ったメモを後から編集部用のきれいな台本に書き移したり、クリップデータリスト(撮影した順番のリスト)を整理したりしていたのですが、今ではiPad Proとアプリ(GEMBA note)で全て済ませています。これなら撮影後にやっていた作業のほとんどを現場で済ますことができますし、そのまま編集部にデータを送れます。持ち歩く荷物もかなり減りました。何が良かったかって、眠る時間が増えたのがうれしい(笑)」
スクリプターにとって何よりも優先すべきは撮影だ。ここでのミスは取り返しがつかない。その撮影できちんとパフォーマンスを発揮するためには、睡眠時間を確保する必要がある。どうしても時間が足りないときは、「後から穴埋めできることであれば、もうごめんなさいって謝って、諦めて寝ちゃいましたね……」というが、それでも限界ギリギリの日々が続く。そんな状況を変えたのがiPad Proだったという。
現在、仕事に必要なデータは全てiPad Proの中にある。もともと佐藤信介監督が持っていたiPad Proを試しに使ってみたのがペーパーレス化のきっかけだったという。写真は映画「BLEACH」の絵コンテ
「初めは現場でいろいろ言われました。『(iPad Proを)落として壊れたらどうするの?』とか。でもデータはクラウド上にあって他のデバイスでも見られますし、紙の台本よりはよほど安心ですよね。それこそ『台本燃えちゃったらどうするんですか?』と(笑)。アナログ時代と同じ感覚で、しかも短時間で仕事ができるので、生産性という意味でもすごく効果があると思います」
田口さんは「1作品につき160時間の作業時間を短縮した成功事例」として、実はアップルの公式Webサイトでも紹介されている(ピクチャーエレメントのテクニカルプロデューサーである大屋哲男さんや佐藤信介監督とともに動画に出演している)。
現場でどれだけ苦労をしても、出来上がった作品が素晴らしければ「嫌なことや辛かった記憶は、すぐに忘れちゃいますね」と田口さん。そして、たくさんの人で作り上げる映画だからこそ、スクリプターとして関わることに意義を見いだしているとも話す。
「めったにあることではないんですが、スタッフ全員がある瞬間、完全に同じ方向を向くというか、同じイメージを“見る”ことがあるんですよ。うまく言えないのですが、『これってこうじゃない?』『あーそうそう』みたいな、まだ形になっていない世界なのに、誰に聞いても皆がそれを完璧に共有しているというか。それがすごく好きで、この仕事をしていて良かったと思う瞬間ですね。もしかしたらそれは、普通の会社で、何かのプロジェクトで共同作業をする人たちにとっても同じなのかもしれません」
関連記事
- 仕事も育児も「嫌なことはやらない」 女性起業家が語る、女性“無理ゲー”時代の攻略法
仕事、結婚、育児――女性にとっての“無理ゲー”時代を生き抜く方法は? 「嫌なこと全部やめたらすごかった」の著者、小田桐あさぎさんに聞いた。 - シングルマザーだった私が“ニューヨークの朝食の女王”になるまで――「サラベス」創業者に聞く
「ニューヨークの朝食の女王」と形容されるサラベス・レヴィーンさん(76)に独占取材。シングルマザーだった女性はいかにして米国で成功を収めたのか? - アフリカの少数民族を撮り続ける写真家・ヨシダナギが問う「自我無き日本人」
アフリカ人への強烈な憧れを抱き続け、少数民族を撮り続ける1人の女性写真家がいる。服を身にまとわずに暮らす少数民族の村で、現地の女性と同じ姿になることによって「唯一無二」の写真を生み出してきたヨシダナギさんだ。学歴は中卒、写真も独学。治安の決して良くはないアフリカに飛び込んで写真を撮り続ける彼女のモチベーションはどこにあるのか? - “天才写真家”を次々と発掘 業界に風穴空ける女性創業者の「目利き力」
完璧な人間はいない――。だが、仕事も私生活も充実させ、鮮やかにキャリアを築く「女性リーダー」は確実に増えてきた。企業社会の第一線で活躍する女性たちの素顔に迫り、「女性活躍」のリアルを探る。 - ITエンジニアからの転身 小さな漁港に大きな変化を生んだ「漁業女子」
三重県尾鷲市の須賀利で漁業を始めた、東京の居酒屋経営会社がある。そのスタッフとして漁業事業を引っ張るのが田中優未さんだ。元々はITエンジニアだった田中さんはなぜ今この場所で漁業にかかわっているのだろうか……?
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.