田坂広志が社会人1年目に味わった絶望感――逆境を越えられた理由は「研究者視点」と「心の師匠」:知の賢人・田坂広志が語るキャリア論【前編】(6/6 ページ)
7年遅れで実社会に出た研究者上がりの若者が、ビジネスの世界で道を拓けたのは、仕事を深く研究するという「反省の技法」と、優れた上司からその技術や心得を徹底的に学ぶ「私淑の技法」の賜物だった――。
「案外、お前なのかもしれないな……」
――最後に、田坂さんが希望していなかった営業の仕事に配属になり、それでも、その部署で努力ができた理由を教えてください。
笑い話のように聞こえるかもしれませんが、実は、営業に配属になったとき、その営業の部署で業績を上げ、高い評価を得れば、自分の好きな部署に行かせてもらえると思っていたのです(笑)。そのとき中央研究所への配属を希望すれば、研究者の世界に戻れると思っていたのです。思えば、ずいぶん、世間知らずでしたね(笑)。営業の部署で業績を上げ、評価されれば、その部署が手放してくれるはずがないのですから。しかし、いま思えば、それが幸いしました。実は、私は、営業という仕事に向いていたのですね。
これも印象に残っているエピソードですが、ある日、営業の帰りに、A課長とふたりで道を歩いていたときのことです。「将来、誰が、A課長の後を継ぐのか」という話題になりました。私が、「B先輩なんか、営業に向いているのではないですか」と言うと、A課長は「Bは、人の心を遠ざける、向いていない……」と答えます。C先輩の名前を挙げると、「Cは、営業の基本が分かっていない。雑巾(ぞうきん)がけからやり直しだな……」と言います。次々とそんな会話が続くので、「そんな厳しいことを言われたら、誰も、課長の後任になる人はいないじゃないですか」と言うと、A課長は、しばし沈黙し、ふと私の顔を見ながら呟(つぶや)きました。「案外、お前なのかもしれないな……」と。
そのとき、私はまだ研究職に戻りたいと思っていたので、A課長の言葉は自分に対するリップサービスだと思ったのですが、それから何年か後、結局、私は営業マネジャーになったのです。優れた上司は、若い部下が自分でも気が付いていない可能性を、鋭く見抜いているのですね。
いずれにしても、7年遅れで実社会に出た研究者上がりの私が、このビジネスプロフェッショナルの世界で道を拓けたのは、仕事を深く研究するという「反省の技法」と、優れた上司からその技術や心得を徹底的に学ぶ「私淑の技法」のおかげなのですね。
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