ヤリスの向こうに見える福祉車両新時代:池田直渡「週刊モータージャーナル」(2/7 ページ)
還暦もそう遠くない筆者の回りでは、いまや最大関心事が親の介護だ。生活からクルマ消えた場合、高齢者はクルマのない新たな生活パターンを構築することができない。そこで活躍するのが、介護車両だ。トヨタは、ウェルキャブシリーズと名付けた介護車両のシリーズをラインアップしていた。そしてTNGA以降、介護車両へのコンバートに必要な構造要素はクルマの基礎設計に織り込まれている。
次の誕生日、父は免許を返納した。それはそれでとても立派な判断だと思ったが、そこから父の生活が激変する。病院も買い物もタクシー利用なので、どうしても頻度が落ちる。
タクシーを使うほどではない距離でも、買い物をすれば重い荷物を持って歩かねばならないから、だんだん行かなくなる。無論お届けサービスなどもあるのだが、利用する気がない。制度をいろいろ用意しても、その変化自体が苦痛なので解決にならない。本人は今までの習慣で生きていきたいのだ。
この年代になると友人の多くはすでに他界しており、存命でもおいそれとは出掛けられなくなる。離れてはいても電話を使って唯一の話し相手だった実弟とも、飲みながら話をしていてつまらない事で喧嘩別れしてしまう。家族がクルマで連れだそうとしても、トイレの我慢が効かなくなって、家から出るのを嫌がるようになる。
そうやって数年をかけて一歩ずつ社会から隔絶されて行った結果、父は自分の時間管理の規律性を失った。好きな時に寝て、好きな時に起き、好きな時に飯を食う。そして暇潰しに酒を飲む。そうやって父は壊れていった。
公共の安全と高齢者
飲酒の習慣がそもそもない筆者には想像も付かないことだが、暇潰しに酒を飲むということは飲酒時間が長いということだ。暇だけは持て余すくらいあるので、ウィスキーを2日で1本空けてしまう。
ただでさえ筋力が衰えて足取りがおぼつかないのに、それだけ酒を飲めばときどき転ぶ。その先に待っているのは大腿部転子部骨折で、それは寝たきり生活への最短コースだ。家族は一時も目が離せなくなった。転倒防止に歩行器を導入したが、家族の目を盗んではそれを使わずに歩こうとする。
そして、飯を食わなくなった。見る影もなくやせ細り、ついに体重は36キロまで落ちた。家族そろって何とか食い物を食わせようとするが「お前らそうやってガミガミいうけど、年寄りなんだからそんなにたくさん食えるわけないだろう」と、本気で反論する。
しかしこっちは1日のカロリー摂取量を把握しているのだ。食事を嫌がるようになってからは、調理する時間を待てない。作っている間に「疲れたから横になる」と言って部屋に戻ってしまう。だからすぐに用意できるものでないと食ってもらえない。しかたなく本人が好きなレトルトのおかゆを食わせるのだが、それこそ「食わないと死ぬぞ」と脅して、怒って怒鳴ってもそれをせいぜい3口ほど。
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