“辺境の密造酒”スコッチ・ウイスキーが世界を制した訳――「資本主義の酒」の歴史的マーケティング:「伝統とこだわり」をどう確立したのか(1/7 ページ)
実は「辺境の密造酒」から始まったスコッチ・ウイスキー。「伝統とこだわり」のブランドを維持しつつどう世界に羽ばたいたか。人気ラノベ作家が歴史から迫る。
日本人は「手作業の暖かみ」を――言い換えれば労働集約的で非効率なものを好むようです。この記事を書いているこの瞬間にも、「印鑑を押すロボット」をデンソーと日立が共同開発していることがニュースになっていました[1]。そもそも印鑑を廃止するという発想は、本邦では歓迎されません。なぜなら、暖かみがないからです。(※果たしてロボットの押した印鑑に暖かみがあるのか……という議論には、ここでは立ち入らないことにしましょう)
この日本人の習性に合わせて、酒などの嗜好品のプロモーションでは「手作り感」や「職人のこだわり(=属人性)」が強調されがちです。スコッチ・ウイスキー――日本で高い人気を誇る“ウイスキーの王様”――も例外ではありません。メーカーは各製品の伝統とこだわりを強くアピールして販売しています。
スコッチ・ウイスキーがもともと辺境の密造酒だった、という逸話を耳にしたことのある読者は多いでしょう。また、家族経営からスタートした蒸留所は珍しくありません。しかし消費者が抱く「手作りの味」というイメージは、メーカー側の優れたブランディング戦略により作り上げられたものです。
なぜなら歴史を紐(ひも)解けば、スコッチほど「資本主義の酒」という呼び名が相応(ふさわ)しい酒はないからです。
資本主義と共に発展した酒
スコッチ・ウイスキーには、資本主義とともに発展してきた酒という側面があります。1823年の酒税法改正によりスコットランドでは認可蒸留所の数が一気に増えましたが[2]、これは産業革命のド真ん中の時代であり、例えば世界初の鉄道開通(※1830年)の前夜です[3]。いわゆる「石炭と蒸気機関の時代」にスコッチ・ウイスキー産業は花開いたのです。
そもそも巨大な生産設備を作るには、大量の資本投下が必要です。余談ですが、これは日本酒も例外ではありません。人件費が極めて安く、労働集約的な産業ばかりだった江戸時代の日本で、ほぼ唯一の例外が酒造業でした[4]。自家消費用の密造酒ならともかく、産業レベルで酒造りをしようとすれば莫大なカネがかかるものなのです。「手作り」の入り込む余地はありません。
スコッチ・ウイスキーの蒸留所も「生産設備」として、売却・買収を繰り返してきました。近世には富豪たちの間で、近代に入ってからは大企業の間で、蒸留所は売買されてきたのです。そして現代では、大半の蒸留所がサントリーやディアジオ、ペルノ・リカールといった世界的企業に所有されています。独立経営を守っている蒸留所はごくわずかです。
ここで疑問が浮かびます。
スコッチ・ウイスキーが「資本主義の酒」だとするなら、大量生産・大量消費の画一的な酒になってしまってもおかしくなさそうです。ところが、実際には個性豊かな製品が、ときには驚くほど小ロットで生産されています。スコッチが製品ごとに豊かな個性を持つことは間違いありません。また、長い伝統と深いこだわりを持つことも事実です。
これは一体なぜでしょう?
なぜスコッチ・ウイスキーは巨大資本の傘下でありながら、伝統を守ることができたのでしょうか?
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